out-of-humor2
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ゴルフ狂正伝「三島を煙たがる」
 本当はここで「サーカスについて~その2(観覧記)」を書こうと思っていたが、予定を変更しなければならない。
 職場に新入社員が入ってきたのである。
 新入社員といっても四十路を越えるこの男を、私はある理由によって「中古ゴルフ屋シーンの三島由紀夫」と呼ぶことにしたのだが、その理由についてはいずれ述べよう。
 ともあれこの三島という男は長くゴルフクラブ販売に携わり、店の運営について、効果的な販促法や商品陳列法、POPの書き方に至るまでもっともらしい一家言を持っていて、なかなか頼りになりそうなのだ。(未確認情報だが、あの船井総研との繋がりも報告されている)
 が、そこで一つの問題が浮上した。ある事情により、電撃的に店長に昇格したKさん(ゴルフ狂正伝「天そばに」参照)とソリが合わないのである。
 ある職場固有の手馴れたやり方に親しんだ集団のなかに、それとは異なる外部のノウハウ(もしかするとそれはより合理的かもしれぬ)を持った者が入ってきたとき、人間関係に齟齬が生じる。よくある話だが、Kさんはまさにそのことで三島を煙たがっているのである。
「Kさん、ここはこうしたほうがよくないっすか」「これはもっと安く出しましょうよ」などと、三島にしてみれば店のために良かれと思ってアレコレ進言しているのだが、Kさんはそれをことごとく却下するばかりか、三島のいないところで「何も知らんくせに厚かましい奴だ」と陰口を叩く始末。
 Kさんにしたって現状のやり方が最善だとは思っていないはずで、三島の言う事にも頷ける部分はあるはずなのだが、どうも新入りにいきなり意見されるのがシャクに障る様子なのだ。
 
 ここで私は、今までひた隠しにしてきたKさんの特性に触れねばなるまい。
 38歳、身長160センチそこそこの小太り。黒縁の眼鏡を発汗の蒸気で始終曇らせているこの男は、なぜだか理由は判然としないが実は気位が高く、枚挙にいとまがない己の愚行もどこ吹く風で、一丁前に矜持の如きものを、その弛緩した腹の内の内に秘めているのである。
 
 例えばこんなことがあった。
 
 ある日、今はもう退社したAさん(私とKさんの上司にあたる)と、Kさんとがゴルフに行くことになった。
 飲み代を賭けることになった。また私も、Aさんに「君はどっちが勝つと思うねん」と言われたので、外ウマに乗ることにした。
 私は「Aさんに賭けます」と言った。
 つまりKさんが負ければ、Aさんと私の二人に飲み代を奢るという寸法であった。
 果たしてKさんは負けた。
 私たち3人は居酒屋に行った。
 初めAさんが「K君の奢りやから、aka君、なんでも頼んでええで」と言うので、私も悪乗りして「ほな、お言葉に甘えて」とボイルしたズワイ蟹を2杯ほど頼んだ。
 その時点でKさんのコメカミはひくひくと痙攣していたが、おかげさまで実に豪勢な卓と相成りました。私とAさんは争うように蟹の身を取り、むさぼり食った。
 が、Kさんの手が一向に動かない。
「どないしたんですが、Kさん。食わへんのですか」私が問うた。
 するとKさんは「蟹てあんまり好きやないんです。身ぃ取るのが面倒でしょ。僕は食うのが面倒臭いものは、あんまり好きやないんです」と言う。
 私はそれをワザと聞き流した風を装い、シャレで、あくまでシャレで、「あ、ほんまですか?。俺もそうなんですよ。面倒くさいねん。せやからKさん、暇そうやし、俺の分の身ぃ取っといてくれませんか」と言った。
 Aさんはケタケタケタと笑い、「そうや!、K君。負けたんやからそれくらいせなあかんで」と言った。
 私は「うん。早う、取ってくださいよ」と無言のKさんの肩を揺すった。そして、尚も無言を貫くKさんの顔を覗き込んだとき、私は戦慄した。
 少しばかりアゴを引き、うつむき加減だったKさんは、眼鏡の奥でギラッと白目を剥いて、羅刹のような顔で私を睨んでいた。
 これがあのKかと思うほど、凶悪な目つきであった。

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サーカスについて
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 もう一ヶ月程前になるが、木下サーカスを観に行った。
 僕はそれまで、なぜかサーカスというものを観たことがなかった。観ようと思ったことは何度もあったが、急に用事が入ったり体調を崩したりして、その機会をことごとく逸し続けていたのである。
 その間に、私が何をしていたかというと、ひとり妄想をしていたのである。
 サーカス。世に、これより他に悲しい見世物があるだろうか。
 三拍子の悲しいクラリネットに合わせ、のろのろのろと練り歩く動物。
 我々はただ、ああ見てご覧、動物が悲しそうな顔をしているぜ、どこから連れてこられたんだろうねえと物言わぬ彼らの悲運を嘆き、また、それらケダモノに頼ってしか生きられぬサーカスにまつわる人間たちの業の深さを、しみじみと感ずるに違いないのである。
 そしてピエロ!、あの道化師の悲しさといったらない。人が喜ぼうが呆れようが、ともかく気をピンと張って、滑稽に振る舞い続けるしかない。粛々と。彼に、照れや衒いは微塵も許されていない。体全体で滑稽を引き受け、その全的な様の背後に、途轍もない悲しみが黒々と刻印されている。厳粛。ストイック。
 私は以前、登録制の派遣アルバイトをやっていたことがあり、ある日その斡旋元からワリの良い仕事があると連絡が入った。が、聞けば「ピエロのお仕事なんですが」と言う!。
 私は震え上がった。「ピエロとは、あの、道化師のピエロのことですか?」「そうです」「誰がピエロに化けると言うんです?」「akaさんですよ」「僕がピエロになれるとでも?」「いや、ちょっとしたイベントで演じるだけですから誰でもできますよ」
 この人は何を言っているんだろうと思った。ピエロが誰にでもできるとは、なんたる傲慢だろう。
 当然、私はお断りをした。私の精神がピエロに、悲しみの、のっぴきならぬ過酷さに耐えられるとはとても思えなかった。
 その数日後、他の派遣仕事に行った際、初見の同僚数人にこの話をした。すると目の前で口を開けて聞いていた若者が、こともなげに「僕、やりましたよ」と言う。
「あなた!!!、ピエロになられたんですか!?」「そうですね」「見事ピエロに……なられましたか?」「ああ、おもろかったですよ。顔をペインティングしたり…」「ご自分で?」「うん」
 一見してヤサ男、しかるに実は相当キモの座った豪傑がここにいる。私はそう思った。人が、そうやすやすとピエロになりおおせるわけはないのだ。

  
 なんの、のんきなことがあるものか。つねに絶望のとなりにいて、傷つき易い道化の華を風にもあてずつくっているこのもの悲しさを君が判ってくれたならば!(「道化の華」)
ああ、インド人か
 ほとんどの人にとって興味のないことだと思うけれども、今般行われている「センバツ高校野球大会」において優勝候補の一角にも数えられている強豪、岡山・関西高校。このチームのエースがダース・ローマシュ・匡(たすく)君と申しまして、インド人と日本人のハーフであります。ご存知でしょうか?
 140キロ超の直球とキレの良いスライダーを武器とし、大会屈指の好投手であると同時に、190センチ79キロと恵まれた体格ですので、大変将来を嘱望されている子なのですが。本当に知りませんか?。
 割と有名な子ですけれど。
 で、ここからが本旨でして、この子の父親であるところのインド人なのですが、これが名前をダース・シェンカーさんと申しまして、ここまでは皆さん知らないでしょう。
 しかしダース・シェンカー…。
 なんとカッコいい名前じゃありませんか。
 本日、関西高校VS光星学院の試合がありまして、職場でKさんと観戦中にこの事実を教えたところ、異様な食いつきを見せまして、
「ドイツ人ですか!?」と目を輝かせて言う。
「いや、だからインド人って言うたじゃないですか」
「ああ、インド人か」
 “音楽=ロック、ロック=メタル”と捉えているKさんにとって、やはり「シェンカー」というのは特別な名前なのであります。
「シェンカー…、シェンカー…、ダース・シェンカー…。せやけどおかしいな。インドにシェンカーなんて名前ないでしょ?」 
「いや、でもインド人って言うてますよ」
「ほんまにシェンカーですか」
「え?」
「シェンカー違うんちゃいますん?」
 まあ確かにインド人の名前でシェンカーはなさそうな気もしますが、それは固有名詞ですから仕方がありませんよ、Kさん。私が「絶対シェンカーです!」と断言したところ、Kさんしばらく考えて、
「じゃあドイツ系ですね。ドイツ系のインド人ですわ」
 そのとき画面に、アルプススタンドに居並ぶ応援団が映し出され、そのなかにインド系の相を見つけましたので、
「あ、これですよ!。彼がダース・シェンカーです」
 Kさん、なぜか襟を正した様子で、帽子を被って両手のメガホンを打ち鳴らしているインド人のオッサンをまじまじと見つめながら、
「…これがダース・シェンカーか」
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↑これはダース・ローマシュ・匡(たすく)投手
ゴルフ狂正伝「黒人選手とKさん」
 さて、華々しい2ちゃんねるデビューを飾ったKさんの甘酸っぱい過去について少し触れておこう。
 今でこそ160センチ70キロのチビデブ体型を恥じているKさんであるが、4,5年前は160センチ85キロ、正真正銘の、テコでも動かぬデブであった。
 そんなKさんにも「友達以上彼女未満(Kさん談・こういうことをスラッという奴にロクな奴がいないのは言うまでもない)」の女がいたらしい。
 女は170センチを超える身長で、イケイケの開けっぴろげな性格だったという。まったくなんの因果か、本当になんの因果か知らないが、そんな女がKさんとゴチャゴチャやっていたというのだから世の中分からんものである。
「akaさん、デカい女っちゅうのはええですよ」
 と、眼鏡の奥の細い目をさらに細くして語るKさんであるが、なんでも、自分より背の高い女とのセックスというのは格別に興奮するらしく、低身長のコンプレックスをここぞとばかりに爆発、反転させて、阿修羅の如く攻めに攻めるのだという。終わったときの征服感がまた凄まじく(たとえそれが自己満足に過ぎぬとしても)、難事をやり終えた己の偉業に恍惚とするらしい。
 私は「踏破」という言葉を思い浮かべた。一体Kさんは、何人の女を踏破したのだろう(ボブディラン風)。
 その女はエロい格好で夜な夜なクラブを渡り歩き、行く先々の群集を従えて自分が最も目立たねば気が済まぬという性質であったらしい。Kさんはそんな性質を苦々しく思いながらも、一方で、己が踏破した女が他所で目立つのも悪い気はしない。
 で、あるから、
「ちょっと今日クラブ行ってくるね!」
「おう、あんまり羽目外したらあかんで」
 などと余裕こいて、永井荷風を思わせる懐深い対応をしていたのであるが…。
 事件が起こったのは、女と出会ってから半年程経ったある日。
 女は心斎橋のクラブ「○○&デイヴ」でいつものようにガンガンに踊っていたのだという。
 そんな女に声をかけてきたデカイ黒人がいた。初め「どこかで見たことある」と、女は思ったとか。
 よくよく考えてみれば、誰あろう、タ○ィ・ローズであった!。
 当時近鉄の3番打者としてホームラン数日本記録に並び、野球選手として最も脂の乗った時期であったろう。そんなタ○ィ・ローズが声をかけてきた。元々外人にも友達が多い女は(繰り返すが、なぜそんな女がKさんなどとゴチャゴチャしていたのか謎である)、すぐに意気投合し、夜の街に消えていったという。
 さあKさんは弱った。翌日「ローズと一緒に飲んでん!、携帯番号も知ってんねんで!」と報告だけは受けたものの、それ以後いざ「会おうや!」と言えば「ドームに行かなあかん」とか「ヤフースタジアムに行く」とか、野球にまつわる理由でもって全く会ってもらえぬようになり、終いに、着信も拒否されるようになった。
「軽い、しょーもない女ですよ。ローズなんかのグルーピーになってしもて…」
 と、往時を思い返し幾分腹立たしげなKさん。なるほどKさんの言い分にも一理はあるかもしれぬ。だが天秤の両端にKさんとタ○ィ・ローズが乗った時どちらに傾くかは、これはほとんど自然の摂理の問題ではないか。その女個人の性質が天秤に及ぼす負荷などは、たかが知れたものだろう。
 その後、2人の関係は自然消滅…。
「もう一回会えたらどうします?」という私の問いにKさんはこう答えた。「聞きたいですわ!、ローズの夜の方がどうやったか。それはごっつい気になりますわ」
(こういう馬鹿な物言いを我々はスルーしてはならない。第一に下品で、かつ類型的にすぎる。しつこいようだが、こういうことを素で言うやつに賢い奴は一人もいないと私は断言できる。それは『知って言う』ほかないだろうが、Kさんが前者であることは、言うまでもない)
 
追記:この話はKさん本人から聞いたものであり、しかもその中身のほとんどはKさんがその女から聞いたものであるので、信憑性について私は保証しない。だが、事実であろうがなかろうがKさん、落ち込むなかれ。タ○ィ・ローズと同じシーソーに乗れることなど、あなたの人生で、いえ、誰の人生であっても、(作り話としたって)そうそうあることではないのだから。Kさん、少なくともあなたは乗ったのだ。それでいいではないか!
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忘れえぬ人々
 国木田独歩の短編「忘れえぬ人々」のなかで、主人公大津は次のように言っている。

「親とか子とかまたは朋友知己そのほか自分の世話になった教師先輩の如きは、つまり単に忘れ得ぬ人とのみはいえない。忘れて叶うまじき人といわなければならない、そこで此処に恩愛の情もなければ義理もない、ほんの赤の他人であって、本来をいうと忘れてしまったところで人情をも義理をも欠かないで、しかも終に忘れてしまうことの出来ない人がある。世間一般の者にそういう人があるとは言わないが少なくとも僕にはある。恐らくは君にもあるだろう。」

 この「認識」に従って、私が見た「忘れえぬ人」について書いてみようと思う。

 その日私はミナミでメシを食い、酒も少々飲み、およそ20時頃。少し早いが帰ってDVDでも見ようやと、いささか良い気分で自転車の後ろに嫁を乗せ、千日前通りを大正方面へ向かっていた。
 ある大通りで信号を待っていると、私らの真横で60前後のハゲた男と30前後のアゴのしゃくれた女が、自転車を並べて会話をしていた。上司と部下のOL、というように私には見えた。
 初め私はなんの興味もなく、なにを話しているのか全く分からなかったが、半分裏返ったような上気した声色で、男が「あ、そう!?、一人暮らし?」と女に聞くに及んで、私は俄然耳を傾けずにはおれないような気持ちになってきた。
「じゃ、自炊とかしてるの?」「時々ですね」「あ、でも一応してるんだ」「はい(笑)」「なにが得意なの?」
 男は夢中で喋っていた。標準語と関西弁が混ざったような妙なイントネーションだった。
 明らかに、この女を狙っているなと私には見えた。年甲斐もなく、男は興奮していた。そのヤニ下がった相好からは、「あわよくば」の欲望が透けてみえた。
「僕はね、シチューが好きなんですよ」。聞かれてもいないのに男がそう言ったとき、信号が青に変わった。
 ペダルに置いた足へ力を伝えながら、私はこの2人を尾行し、続きの会話を聞いてやろうと考えていた。
 しかし、思いもよらないことが起こった。男は女を取り残して一人グイグイとスピードを上げ、行ってしまった。あっと言う間もなく男は10メートル、20メートルと先行し、女を引き離した。女は私らの後ろをノロノロと走っていた。
 おかしいと思った。私は振り返り、女に聞こえぬ程度の声量で、嫁に問いかけた。「なんや?、あのオッサン」。
「シチューが好きだ」と言い残し、男は去った。ひどい別れ方もあったものである。会話の途中ではないか。せめて別れの挨拶くらいしたらどうなのか。私は男の無礼に一人憤り、素早く振り返り、女を見た。
 女は無表情でペダルを漕いでいた。
 数分間、私は納得がいかぬまま走っていた。すると赤信号が見え、止まろうと思った刹那、あの男の後ろ姿が目に入った。
 男は信号待ちをしていた。私らは男の斜め後ろに停車した。
 女も間もなく追いつき、男の横に停車した。
「シチューがね、僕は結構好きなんですよ」と男がまた言った。
「そうなんですか」と女が笑いながら言い、男が「うん」と微笑んだとき、信号が青に変わった。
 またしても男は、決然と前方に顔を向け、スタートダッシュよろしく猛進し、グングン先行してしまった。
 私は「もしや」と思った。男は並んで停車している間にのみ会話をするのではないか。逆に言えば、並走しながら話すということができないか、あるいはしないのではないか。どんな理由に拠るのか分からぬが、男のなかで「走っている時間」と「話す時間」は絶対に交わらない。並立しないのである。
 中学、高校と自転車で通学していた私にとってみれば、連れと喋りながらダラダラと自転車を走らせるのが当たり前であった。が、それをよしとしない人がいるのは分からぬでもない。喋りながら並走すれば、第一に遅いし、他の通行者からすれば邪魔であるから。
 それは一つの作法、もしくは倫理として尊重に値する。しかし、これほど厳格な形でそれらを見せられるとは思っていなかった。なにしろ、男は今、口説いているかもしれないのだ。それがこんなに何度も中断してはたまるまい。男は大変なモラリストだ、と私は思った。
 無論、他の理由があるのかもしれない。自転車に乗るのが下手なため、「漕ぐ」だけで手一杯で、それ以外の行為を能力的に為し得ないから、とか。しかしいずれにせよ疑いないのは、彼が、会話をするのは停車したときだけだと心に決めているらしいということと、それをストイックなまでに遵守しているということだ。そうでなければ男の不自然な行動は説明のしようがない。もはや男の「一人旅」は偶然ではないのだ。

 次の信号で止まったとき、私は確信を得た。男はまたにこやかに、腹に一物ある感じで女と喋り、信号が変われば、一人勇ましくも脱兎の如く飛び出したのである。
 私は、今度は男を追走しようと思った。嫁に目配せし、私は男の背後にピッタリを張り付き、追いかけた。
 速い!、速い!。
 大変な速力であった。
 男は一心不乱の気迫で足を回転させていた。そのあわただしい動きは、ピンと静止した背すじにつり合わぬほどであった。膝が曲がるたびに、男の短いスラックスの裾から白いソックスがシャッと出ては消えた。
 新なにわ筋に当たり、男と私らは停車した。女はなかなか来なかった。なかなか来ないということは、男にとって、好きな女との会話時間が短縮されるということを意味した。男は何度か後ろを振り返った。身を切られる思いに違いなかった。私も振り返り、「女、早う来い!」と願った。
 私は男のいじらしさに胸を打たれていた。この不器用な選手は、女と喋りたくて堪らぬのに、走行中は決して口をきかぬというモラルを痛々しいまでに守ろうとしていた。
 また、私はこう考えた。男が、女との会話の楽しさあまって子供の如くハシャぎ、それが為にますます速力を増し、その結果、女との距離がさらに隔たって、会話時間が削られるのだとすれば、なんと皮肉な、なんと悲しい逆説だろうか!
 女がようやく追いついてきた。だが、あと少しというところで無情にもすでに信号は青に変わっていた。
 男は引きつる笑みを浮かべて、「おう」とだけ言い、また飛び出した。
 私は、今度は適当な距離を取り、男の独走を見つめていた。しかし悲しいかな、私らが帰宅するにはもう左折しなければならないところに差し掛かっていた。
「どうする?、追うか!?」私は切迫した口調で嫁に聞いた。
「嘘やろ!?」と嫁は笑った。
 男の姿はみるみる小さくなっていった。
 坂を、登り始めていた。
閑話
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前回、長文を書いて疲れたので。
某有名サイトより転載。
なにを考えているのか。
さよならヒロディ先生~ダル過ぎる
「さらに詳細なコメント検証は次回に譲ろう」
 
 と、前回勢い余って書いてしまったが、全く気が乗らない。筆が重い。
 一体、検証などをする必要がどこにあるというのだろうか?。そもそもこれは検証に値するのか?。そんなことをしなくても、先生のコメントのオカシサは皆分かっているに違いないのだ。ともすれば私の書くものは、それをなぞるだけのものになる。
 明らかにダメなものの批判に紙数を費やすことほど空しい行為はない。第一に大人げないし、その力みかえった必死さは痛々しいばかりである。

 思い起こせば、「映画について」は一ヶ月以上も前(so-net時代)に書いたものだが、あれを書き上げたときですら、私には若干の逡巡があった。
 まず前提として、あの駄作映画をまともに論じること自体が、大人げない態度以外のなにものでもなかった。余人はいざしらず、私にとってこれは疑いないことだった。だから「映画について」は「男たちの大和」鑑賞記の体を取ってはいるが、実際に読めば分かるように、批判の矛先は「生理的反応ありきの作品評価」と、そうした風潮に対して向けられている。肝心の映画評は、先生が指摘するように、ほぼ「あざといの一言で」済ませているわけだ。

 私はそのスタイルを取ることで、ひとまず大人げなさを回避したつもりであった。
 だがそれですら、so-net版のコメントにも書いたように、日ごろ私のブログを読んでいる方々にしてみれば自明すぎる。加えて、なにやら分別臭いではないか。
 明らかな駄作を観せられて頭にきていたにせよ、いや、それだけになにか勢いに任せて軽率なことをしたのではないかと、私は内心悔やんでいたのである。
 
 そこへ、「待て待て待て!」と高下駄を鳴らして珍客が現れた。

 実際、彼は珍客そのものであった。この一ヶ月遅れてきた招かざる客は、私が正論過ぎて詰まらぬと一番気にしていた箇所(繰り返すが、それこそが論旨である)に触れる代わりに、最終段落で「男たちの大和」を軽く扱い、批判したことのみを我が事の如く怒っていた。
「なんじゃ、これは?」と思った。
 こういう素っ頓狂な道場破りが現れた場合、古来どうしていたかというと、決まって門弟にやらせたのである。
「おい、誰か相手したれや」と道場主、ギラリと周囲を見渡せば、門弟のうちでも下っ端の下っ端が半笑いで出て行く。
 なんとも奥ゆかしいではないか。それが日本人の美徳というものだ。
 だが当たり前の話だが、私及び当ブログには門弟がいない。全てを私が処理する以外にない。
 ところが私がやろうとしていることは、釈迦に説法の愚としか思えない。
 非常に億劫だし、憂鬱である。
 しかし、ここで止めて「ケツを割った」などと思われるのは癪である。
 仕方がないからサラッとやることにしよう。あー、ダルい。


>この映画はエンターテイメントでいう映画ではない。
 史実を元にした記録映画だとも言える。

 さすがに、本作についてこんな大胆な事を書く人は日本広しといえども先生以外には考えられない。
 なぜならこの驚くべき認識が成り立つ為には、『エンターテイメント』や『記録映画』の語義を知らないか、または、反町タカシや中村シドウが役者ではなく、大和乗組員本人であり、本作が1945年当時あるいは現代において、ほぼありのままに記録された映像素材を軸に構成されたものだと考えているか、少なくともどちらかの条件を満たす必要があるからだ。
(言語をまともに扱えない者が、人に歴史や映画批評の不勉強を戒めるとは片腹痛いが、それはさておき)
 まずは、先生がなぜこんな突拍子も無い認識を持つに至ったかについて考えてみる。
 そこで次のセンテンスは重要な手がかりになる。
(一応断っておくが、先生のコメントは転載している。言い廻しや助詞がおかしく、読点が重なっているのはそのためである)

>この泣かせる映画が単にあざといで済ませるとは、、特攻で死んでいった彼らにそのことばが言えるか

 これは先生が最も感情をグイと入れた部分で、ある意味コメント中のクライマックスとも言える。(ほら!、ここには『泣かせる映画』イコール『良い映画』という認識が滲み出ているではないか。かくも周到に先生は、私が『映画について』で書いたことを立証してくれる)
 しかし、私の記事を英霊に対する愚弄と解釈するとは、こんなケッタイな読み方をする人間は、またしても先生以外には考えられないが、言うまでもなく私が愚弄しているのは映画あるいは映画制作者であって、そのモチーフではない。
(むしろ、かの英霊の姿を、こんな駄作でしか表現できないことのほうが私に言わせれば愚弄に他ならない)。

 ともかく本作を「記録映画だ」と言い、表現方法への批判をモチーフへの批判として受け取る。このような奇妙な感受性を持つ人間の頭の中はどうなっているのか?。使い古された言葉で言うなら「現実と虚構の区別がついていない」ということになるだろう。
(私はゲームやアニメに耽溺した少年が何か事件を起こすたびに、「現実と虚構の区別がついていない」という意見が出るのを苦々しく思っていた。そんなバカな、現実と虚構の区別がつかぬなんて、そんな奴がおるか!と思っていたが、おった!

 しかし問題はその先にある。先生のこうした特殊な感受性は本当に特殊なのか。あるいは、この特殊さを以って、先生が一般鑑賞者から遊離した存在だと言い切れるだろうか?
 例えば先生は「記録映画だとも言える」に続けて、次のように書いている。

>それはあなたも十分分かっているはずだ

 文脈から判断すればおそらく「あなたでも、それくらいは分かるだろう」という意味を含んでいるだろう。するとこのセンテンスは、単なる論証的手続きや、私への皮肉という表面的意味を超えて、実に興味深いものであることが分かる。
 なぜなら先生は「本作が記録映画だという認識」が、鑑賞者全員の共通前提だと言っているに等しいからである。
 こうした先生の言説には、検討の必要性を感じる。
 無論既述したように、ハッキリと「記録映画と言える」と書く事のできる人は先生以外にいないかもしれない。だが記録映画であるかのように観たために、批判できない(あるいは批判を封じられた)人間が先生の他に存在しないとは、私には到底思えない。

 私は本稿を書くにあたって、見知らぬ人の手による様々なブログ記事を読んだ。(もちろん批判的な書き込みをするなんてバカな真似はしないが)
 そうすると、十中八九絶賛している。
 私は、「表現」というものに対し毀誉褒貶があるのは当たり前で、私と異なる意見それ自体にはなんの感情も沸かないが、そのほとんどが私と著しく異なり、しかもそれらの足並みがいやに揃っているのを見ると、なにがしかの力が働いているのではないかという疑念を持たずにはいられない。
 なにがしかの力。その力が、私の考えでは「記録映画であるかのように観る」という作法を鑑賞者たちに強いた。そしてその作法に則って観たために、かくも本作は評判がよいのではないか。
 その力とは、先生の言葉を借りれば「史実」、言い換えれば「実話」の力である。

(えっ!、まさか次回に続く?)
さよならヒロディ先生~序
 あの、おもろい批判コメントが寄せられてから10日が経過した。
 私はこの問題に関し、先生が再度コミットできるように配慮したつもりだったが、現時点で何の音沙汰もないところを見れば、もう2度と出没するまいと思う。
 それならもう幕引きにさせてもらう。
 私は幸福なことに、比較的自由に時間を使える境遇にいるが、さすがの私もこんなしょーもないことにダラダラ関わっているほど暇ではないのだ。
 だが一方で「惜しいことをした」という気持ちもある。

「ご自分で再読されて、恥ずかしければ申し出てください。
 コッソリ削除します」


 と、私はレスを残したものの、もちろん初めからそんな気はサラサラなかった。
 私のレスにいきり立ち、さらに突っかかってくるのであれば、それはそれで良し。仮に詫びを入れてきたとしても、「ま、そうおっしゃらずに」と、しばしお付き合いを願うつもりであったから。
 
 しかしながら、この騒動は一体なんだったのか?。
 彼は気迫に満ちたコメントを携えて突っ込んできて勝手に自爆し、(おそらく志半ばで)散ってしまった。
 あの映画にどれだけ感動したか知らないが、まさしく大和さながらの玉砕ぶりであった。
 特攻の不条理を体現したがごとき憐れな最期。
 だが我々はこの滑稽さを笑うべきだろうか。疑いないのは、彼がどれほど滑稽であれ、そこに学ぶものがないとは誰にも言い切れぬことだ。
 おそらく先生は「男たちの大和」を見て涙し、そこに何がしかの教訓(それが極めて幼稚なものであったとしても)を読んだ。
 では我々は、この平成の大和の玉砕から、何を読むべきだろう。

 私が最も興味深かったのは、先生は私の記事を批判するつもりが、図らずも、あるいは知らず知らずのうちに、「なぜ『男たちの大和』がヒットしたか」という私が「映画について」で立てた問いに対する解答を示唆し、さらに同記事で私が指摘した現代病についての論を補強してくれていたことだった。
 加えて、彼はご丁寧にも様々な誤字脱字、奇妙な言い回しを駆使して、私がyahooユーザーレビューの件(くだり)で述べた「文面(ふみづら)の乱れという共通点」をもキッチリと押さえていた。
 驚きを通り越し、喝采を送りたいほどの芸達者ぶり…。

 つまり、ああ見えて先生のコメントは実に協力的なものだったのであるが、さらに詳細なコメント検証は次回に譲ろう。
敬礼で押忍
 私は今どでかいヤマに巻き込まれている。
(無論、「御批判」の話ではない)。
 この話をここで書くかどうか、私は迷っている。たとえ書くとしても、今書ける話でないことは間違いない。半年後になるか1年後になるか、少なくともそれくらいの熟成を要する。
 しかし現在私が体験している事件、そしてその事件を巡って目前で繰り広げられているゴルフ狂たちの人間模様は、私には興味深すぎる。私の予感では、この事件が「ゴルフ狂シリーズ」の集大成になるだろう。
 私は必然的に事件の精査に追われている。
 今、私に言えるのはそれだけであるが、このザマでは読んでくれている皆さんに申し訳ない。よって、代わりといってはなんだが、これを見ていただこう。
 この動画、いつ見ても心が洗われるようです、押忍(敬礼で)。 
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