out-of-humor2
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童遊について
 図書館で「童遊(子どもの遊び)史」について調べる。
 童遊、もしくは伝承遊びの世界はなかなか奥が深いのです。
 北関東(たしか群馬だったと思う)で盛んに行われていたという「おじいさんおばあさんの真似をして歩く」という遊びなどは、胸を打つものがあります。
 これはかつて「タモリ倶楽部」でも紹介されていましたが、子どもが数人集まって皆で腰を曲げ、ヨチヨチと杖をつく所作をしながら、いつまでもその辺を歩き続けるというシュールなものです。
 こういう遊びが資料としてきちんと残っているということは驚きです。事に依ればその事実は、「老人風に歩く。ただそれだけ」という遊びの内容以上にラディカルだと思います。
 なぜなら、それは取りも直さず、遊びの担い手が数人のチョけた男子のみでなく、往時子どもという子どもがあまねく参加していて、かつ長期間に渡って持続して行われていたということの証左だと思うからです。
 なにが面白いのか?、などと問うなかれ。面白いに決まっているではありませんか。
 たしか「子どもの遊び図鑑」という本に掲載されていたと思うのですが、この挿絵がまた素晴らしく、僕は1年に1度くらいの頻度で、ふとそれが見たくなり図書館に行きます。
 ところが今回借りられていたのか、あるいは僕が書名を間違えて覚えていたのか分かりませんが、ついに発見できませんでした。
 とても残念です。本当に見たかった、「おじいさんおばあさんの真似をして歩く」挿絵が。

 その代わりといってはなんですが、今回「車の排気ガスの匂いを嗅ぐ」という遊びがかつてあったことを初めて知りました。
 車の通行が珍しかった時代の農村で、もうもうとガスを吐き出して通り過ぎた車の残り香に子どもらは蟻のように密集したといいます。
 そして「ああ、ええ匂いや。ああ、ええ匂いや」と口々に言い、踊り狂って、取りつかれたようにいつまでも鼻を蠢かせていたとのことです。
 なんと悲しい遊びじゃありませんか。
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泣き芸について
 購入して約一ヶ月のDVDレコーダーが固まって動かなくなった。
 HDDが潰れたのだと思った。
 録りためていた番組をこれで見られないことになる。
 私は怒り狂ってサービスセンターに電話し、修理担当者の来宅を待った。
 その男が昼過ぎに来た。
 ヤカラの一つや二つは言うてやろうと身構えていた私だったが、その男の顔を見るや否や俄かに怒りが引き、心穏やかに澄み渡るのを感じた。
 双子か!?と思うほど、その男は加藤紘一に瓜二つであった。

 お笑いスキルのいわば飛び道具として、上島竜兵、山崎邦正、劇団ひとりらがここぞ!とばかりに用いる泣き芸。
 しかしながら加藤紘一こそが我が国最高峰の泣き芸使いであることに異論を差し挟むものはおるまいと思われる。
「加藤の乱」。あの政治史に残るお笑い造反劇のラストで見せた加藤のあまりに完成された泣き芸は、多くの自民党議員に嘲笑されたかもしれないが、一方で多くのお笑い芸人を戦慄させたに違いないのである。
 メガネの奥で瞬く赤くつぶらな目。無念さをグッと飲み込んだ口元。ぷるぷると震える頬からアゴにかけての秀逸なライン。
 私は今に至るまであれ以上の芸を見たことがない。
 以来「政界のプリンス」も今は昔、政治的影響力も影をひそめたかに見える加藤紘一を、にもかかわらず私は密かにリスペクトし続けていたのであった。

 その加藤紘一が今、私の部屋にいる。

 私は憧れの目で加藤の後姿を見、一切を彼に任せた。
 加藤は私の期待に大いに答えてくれた。当初「HDDのデータを救えぬかもしれぬ」と断腸の表情を見せていた彼だったが、症状の精査を進め、結果として基盤をのみ交換することで私のHDDデータを見事温存させてくれた。
 さすがは加藤紘一である。
 私は感謝の思いでいっぱいであった。
 その後すぐに私は仕事に行かねばならなかったので、「後のこと、よろしくお願いいたします」と深々と頭を下げ、嫁と加藤紘一を残して家を出た。

 後で嫁から聞いたところによると、彼は「山崎さん」という名前なのだという。山崎か。なにか私は運命的なものを感じた。理由は言うまでもなかろう。
 なにがしか故あって山崎さんが退社される折には、私はこう言うて差し上げたい。
「山崎さん、大将なんだから、あんた大将なんだから辞めちゃダメだよ」

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「加藤の乱」より
お知らせ
 「ゴルフ狂正伝『三島を煙たがる』」のラストにイメージ画像を貼り付けました。
 携帯のデータフォルダに長い間眠っていたものですが、これほど文脈に符号する画像もないと思いましたので。
 ぜひご覧ください。
 ごきげんよう。
ゴルフ狂正伝「詐病」~最終話
 皆さん、詐病により約束を反故にしたことがありますか。もしあるなら、そのときどのような言い方でそれを相手に告げたか?

 例えば「自分は今、熱が38度ある」ということにし、仕事をズル休みするつもりであるとしよう。詐病であるから、それを勤め先に告げるのは非常に気が重い。しかし、ともかく気鬱を押さえ込んで言わねばならない。言えば楽になるのだ。

 そういうとき一般的に人間は、大げさに言えばダブルバインド(二重拘束)に囚われる。
「病気であること」と「詐病(演技)でないこと」を同時に伝えなければならないからである。言い換えれば彼は、己の衰弱を表出しつつ、過剰さ(白々しさ)を抑制しなければならない。
 詐病者にとってみれば衰弱が垣間見られる程度の、抑制した語り口で報告した結果、先方が勝手に「おお、シンドいのを押してきちんと連絡してきよった」と考えてくれれば上首尾なのだ。
 つまり彼は白々しさを恐れ、気丈さを望むので、必然的に詐病者の語り口(あえてそれを音楽に例えよう)、詐病者の音楽は過剰でなく、感情を押し殺した平坦なものになる。

 と、私はかねがね考えていたのだが…。

 Hさんはと言えば、椅子にヨガのポーズで腰掛けたまま、時折「うぅ」だの「はぁ」だのと小さく(しかし私に聞こえるくらいの)呻き声を漏らす以外に、何も喋ろうとはしない。白々しさへの恐れなど微塵もなく、過剰も過剰、大過剰であった。グッタリと軟体動物のように体を折り曲げ、およそ精気というものが感じられないのである。

「とにかくシンドい。喋るだけの力もない。手も足も、どこも動けぬ」といった様相である
 
 私の理論に照らせば、これをもって「詐病ではない。マジだ」と断じてよいかもしれぬ。
 
 しかしどれほどシンドかろうと、会社に所属している以上果たさなければならぬ報告義務があるはずだ。私はHさんの小刻みに震える背中を見ながら言った。
「Hさん、しんどいのは分かりますけど会社に連絡したほうがいいですよ。みんな心配してましたよ」
「あ、マジで?」Hさんはむっくりと体を起こし、素早く、いや、割合に素早く電話をかけた。右手で額を押さえながら、ラクダのような目でHさんは話していた。
「ご心配をおかけしてすみませんでした。あまりにもシンドくて、どうしても我慢できなかったのでaka君が来るのを待てませんでした。はい…、はい…、すみませんでした。今は点滴打ってもらって、トンプク剤飲んで、ちょっとはマシになったんですけど…、はい、ちゃんとトンプク剤は飲んで、はい…、でもそれでもシンドくてトンプク剤3袋飲んでしまいまして。それでさっき吐いてしもたんですけど、はい…、はい、あ、そうですね。はい。分かりました。…はい、それはaka君に聞いて、…はい、アレしますんで、…はい、そうします。失礼します」
 かけ終るなり、Hさんはまた椅子に戻り、グニャリと体を折り曲げた。
 
 私は会話中の「aka君に聞いてアレしますんで…」というセンテンスが大変気になっていたが、またしても「もう喋れぬ。今の電話で(体力を)使い果たした。もう喋れぬ」という態度である。
 
 しばらく沈黙が続いた。

 だが私にも解決したい問題はあるのだ。意を決して私は、一枚のFAXをHさんの鼻面に突きつけた。
 それはHさんのいない間に本部からきたFAXだった。内容は簡単に言えば「昨日送られてきたメールだが、添付するよう指示したファイルが添付されていない。取り急ぎ再送信するように」というものだった。
「ううん?」眠い目をこするようにHさんはFAXをチラと見て、それっきり再びうな垂れた。
 …
 …
 …
 何も言わないHさんに業を煮やして「どないするんですか?」と私は問うた。
「あれ、デスクトップにあれ…………」うなだれたままHさんが呟いた。
 が、声が小さすぎて最後が聞き取れない。
「デスクトップにあれ、あるやん。あれ付けて…………」
 まだ聞こえない。「はぁ!?」
「………」
 黙ってしまった。
 
 一事が万事この調子で、他にも客からの問い合わせ、姉妹店からの問い合わせについて確認しようとしても「諸々やっといて」と小さな声でつぶやくきりで、「いや、そんなん俺じゃあ分かりませんよ。具体的にどないするんですか?」と聞き返せば黙るのである。
 
 知らんわ、と私は思った。繰り返すが、なんぼほどシンドいか知らんが、やらなあかんことはやるべきだろう。この状態では、Hさんは早退するしかないだろうが、それなら尚更やるべきことをサッサと済ませ、今後のことを私に言い含めて早々に帰るのが賢明だし、それが大人ではないか。しかるにHさんは何もやろうとしない。とにかく自分では何一つやろうとしない。何も!!。
 
 前述の通り、私は「詐病」には寛大な気持ちを抱いているつもりでいたが、それが欺瞞であったことをここに記さざるを得ない。
 
 お笑いの好きな皆さん、「ガキの使い」の「松本挑戦シリーズ」で呑気に笑っているかもしれないけれども、あれを実際にやられたらどれだけムカつくか!。病人相手に申し訳ないが、私は真剣にシバいたろかと思った。「ちょっとは足ピンとしてくださいよ!」と苛立った遠藤章造の気持ちが、私にはこのとき痛いほどよく分かったのである。

「aka君、俺、帰ってええかな…」Hさんが振り絞ったような声を出した。
「(出たで!。こういうことだけは振り絞って言いやがる)」と私は内心思ったが、
「いや、そら別にいいですけど、明日はどないするんですか?」
「明日なぁ」また、槙原寛巳の如きラクダの目をしたHさん。「ようなったら出てくるけど…、この調子やと明日もお願いするかもしれんな」
「それはいつ分かるんですか?。もし出て来れるんやったら、金庫の鍵どないするんですか?」
 私は矢継ぎ早に質問した。明らかに苛立っていた。病人に対して申し訳ないが、抑え切れない鬱屈を私は感じていた。
 仮に私が今日店を閉めるにせよ、明日Hさんが朝出てくるのであれば、私たちは売り上げ金の入った金庫の鍵をどこに隠しておくか申し合わせておく必要があったが…。
「鍵なぁ、その辺に置いといて」
「(!)」さすがの私も言葉を失くした。その辺に置くなら鍵の意味を為さないし、第一、置く場所を決めておかねばHさんが見つけられない可能性だってあるではないか。
「ちょっと、それは決めましょうよ。それくらい考えてくださいよ」



 数秒の間をおいて、Hさんはふらりと立ち上がった。そして、蒼白の顔面をこちらにグイと向けて、
「帰らせてーや、頼むわ」と言った。
 
 もう、私のなかでHさんの病気が真か偽かなどどうでもよいことだった。どちらにせよ、Hさんの望む通りに枚方から大阪市内へとトンボ返りしてきた私に対して感謝するどころか、業務上の必要事項すら伝える気がないこの男の非常識さに、私は腹を立てていた。
「分かった。もういいっすよ。帰ってください。その代わり、今日の晩か明日早朝に必ず電話をください。とりあえず俺は出勤する準備だけはしとくんで、その電話で明日のことは決めましょう」
 私の言葉にHさんは死にそうな顔で頷き、しゃなりしゃなりと店を出て行った。

 それから私は煮えくり返るような思いを押し殺しながらラストまで入った。社内の誰もが白眼視していたHさんの奇行に対して唯一微笑ましく見守っていた私に向けて、なんという非礼だろうと思った。もう知らんわ、あの男。そう考えながらシャッターを下ろし、レジの金を合わせようとしていたところへ一本の電話がかかってきた。

(思えばこのドタバタ話は一本の電話から始まったのだったが、幕を引くのもまた1本の電話であるらしい。賢明なる読者諸氏、どうか「見え透いた手を!」と責めるなかれ)

「Hカツヨシの母でございます」とその電話の主は言った。
「えっ!」瞬間、私はたじろいだが、反射的に「あ、お世話になってます」と返した。
 出し抜けにHさんの母登場。
「どうも今日は息子の穴を埋めていただいて、相すみませんでした。あのう、息子が申しますのには、熱はだいぶ引いたんやけれども、まだフラフラして歩けないとのことでございまして、明日も朝から入って頂けないでしょうかと、このように言うておるんですけれども、何卒よろしくお願いいたします」
「お母さん、お母さん」私は、老婆の言うのを遮った。欠勤の報告を、こともあろうにオカンにさせるとはなんというオッサンか!。と思ったが、ともかく平静を装って「いや、最悪、朝から入るのは大丈夫なんですけど、ラストまでは入れないんですよ。それについて息子さんは何か言うておられました?」
「いえ、何も申しておりません(きっぱりと)」
「Hさんはもう寝てはるんですか?」
「はい。寝ております(また、きっぱりと)」
 嘘つけ!、と思った。どうせ布団の隙間から浅ましくも、オカンの喋りをコッソリ伺い見ているに違いないのだ。
「とにかく、朝から入る準備はしておきますけど、ラストまでは入れないということをお伝えください。で、これからまだ容態が変わるかもしれないですから、明日の朝もう一度電話をくれるように伝えて頂けませんか」
「あ、それでは明日は入って頂けるということで」
「(何を聞いているのか!?)」老婆に対して申し訳ないが、瞬間的にイラッときた私が「いや、だから…」と返した瞬間、老婆がクい気味に言葉をねじ込んた。
「息子が、息子が申しますのには、とにかくシンドくて動けそうもないので、明日入って頂けないかと、これをしきりに言うておりまして。もう大変ご迷惑をおかけして申し訳ございません。ではごめんください」
「お母さん!」老婆の、受話器を置きそうな空気に私は慌てた。「だから、出勤する準備はやっておくので、一応明日の朝、そうですね、9時前に電話を頂けるように伝えて頂けますか」
「9時前に?」
「9時前に」
「分かりました。伝えておきます」
 とりあえずこれで良かろうと私は思った。老婆との会話に夢中だったが、気付けば私は、照明を落とした暗い店内をグルグル歩き回っていた。
「それと、えらそうな事を言うてすみませんが、明日の朝は本人がかけてくるようにとお伝えください」
 
 私は電話を切ったのち、しばらくぼうっとしていた。
 Hさんが42歳だから、その母は70歳前後であろうか。私はその事実を考え、物思いに耽った。「息子が申しますのには」という老婆の言葉が頭から離れなかった。そして私は今日起こった出来事をここで書くために、それらを整理し、人の表情や会話の細部を思い出そうとしていた。
 不思議とHさんの非常識に対する怒りは薄れていた。

ゴルフ狂正伝「詐病」~人形編
 Hさんが誰にも告げず勝手に店を閉め、病院に行ってしまったせいで、私が到着するまでの間この店は休業していたわけだ。このことは後に大変な問題になり、Hさんは社長にこっぴどく叱られるのであるが、ここでは割愛しよう。
 ともかく、私はとり急ぎ店を開け、Hさんの帰りを待った。
 ひたすら待った。
 初め、やることがないので、年の為IEの履歴をチェックしてみたが、これがなんとも、発病の前日とは思えぬ乱れ様で、ウインドウの上から下まで怪しげなURLがギチギチに詰められている。

**************

 そういえば…。
 しょーもない話をすると、以前エロ動画で痛い目に合ったHさん(ゴルフ狂正伝「口止め」参照)はしばらくエロサイト閲覧を自粛していた。私はそう聞いていた。
 が、これは後に「自称2ちゃんねらー」Kさんから聞いたことだが、そのまさに自粛している最中、仕事中に電話をかけてきては「騙しのないサイトを教えろ」「早く、たくさん教えろ」と何やら切羽詰まった口調で、字義通り矢のような催促があったのだという。
「自粛」ではなかったのだ。小心の故、迂闊に手が出せなかったに過ぎない。
 Kさん、少々イチビって一計を講じ、「ほなコレでも観といてください」と添えてニューハーフを中心としたエロ動画サイトのURLを教えた。さて、いつ苦情を言うてくるかと手ぐすね引いて待つKさんであったが、なかなかリアクションが帰ってこない。それどころか待てども待てども、二日経ち三日経ち、ついには一週間経っても反応がない。
 Kさん、終いにシビレを切らして「前教えたURL、あれ、ニューハーフやったでしょ」と問えば、「そうやね」とオツにすましたHさん。そして「あれでいいんですか?」と半ば嘲笑しながら聞いたとき、Hさん、まさしく事も無げに、「別にええよ、おんなじやん」とサラリと言ってのけたという。

***************

(無論、そのニューハーフを中心としたエロサイトURLも履歴にシッカリと刻まれていた)
 こいつ、ほんまに病気か?。
 私のなかでHさんへの疑念が濃くなっていった。
 また、その後なぜかドンドン忙しくなり、続けざまに常連客が来店しては「あれ、Hさんおらんの?。昨日頼んだ事どうなってんねやろ?」というような問い合わせをされたが、引継ぎを受けていない私は何も知らず、話にならない。
 さらに、この時点で本社も混乱していたようで、「なぜHさんがおらんのか!?、いつからおらんのか!?」とヒステリーの事務女が大いに喚き散らし、さすがの私もこの状況を非常に煩わしく感じ始めた。

 そこへHさんが帰ってきた。午後3時頃だった。
 
 体を預けるようにドアを押し開け、しゃなりしゃなりと、美空ひばりのような思わせぶりな足取りでこちらに歩み寄るHさん。
 目は虚空をさまよって、両の頬がこけ、異様に青い。
 それが剃り残しのヒゲによる青さなのか判別つかないが、それにしても、これが演技ならば恐ろしい男だ。
 無言で私の横をすり抜け、Hさんはバックルームの椅子にふぁさっと座った。まるで“体重”というものを感じさせない座り方だった。そして力なく体を前方に屈め、両手をダラリと下に下ろした。
 ヨガのポーズのようだった。あるいは、ストリップ小屋の楽屋に置き去りにされた腹話術人形のようだと思った。感傷的に見ればなんともうら寂しいが、どうもその寂寞を、過剰に主張するようなあざとい感じがないこともない。
 …
 …
 …
 気まずい沈黙が続いた。聞きたいことは山ほどあるし、Hさんにしたって私に釈明しなければならないことは多いはずだったが、とにかく「俺に喋らせるな」というオーラが全身から出ている。
 …
 …
 …
「大丈夫ですか?」私が問うた。この場で、これ以外の質問は許されていないと思った。
 10秒ほどの沈黙の後、「うぅ」とHさんは呻き、そして。
「吐いたわ」
(また10秒ほどの間を取って、再び)
「吐いたわ」



「そうですか…」
 としか私は言えなかった。
 鵜の目鷹の目で病の真贋を見極めようと注視する私の前で、グッタリと深く前屈した人形は、弱弱しい呼吸に合わせて微かに背中を震わせ続けていた。
 <次回、最終回>

ゴルフ狂正伝「詐病」~逃亡編
「そもそも…」私は京阪電車の車内で考えた。
「今日の出勤時間が8時半。私はロクに寝もせず、朝の7時過ぎに家を出て、地下鉄~京阪~市バスと乗り継いで枚方まで行ったのだ。それをたった2時間店番をしたのみで、今、こうして来た道を引き返している。なんと、ヤクタイも無い話だろうか」
 もし仮に、何か他の理由でこの理不尽な移動を強いられたなら、私は憤慨していたに違いない。しかし、ああして死にそうな声を聞かされては駆けつけぬわけに行くまいし、よしんばあれが詐病であったとしても…。
 ああ、不謹慎極まりないが白状しよう。私は、詐病であったとすれば尚のこと駆けつけねばならないと考えていた。悪名高きHさんの詐病、その馬鹿げた一幕への興味は禁じえぬものがある。それが私の感受性なのだから仕様がない。
 要するに、嘘であろうが誠であろうが、私には「Hさんの病気」のために進んで周旋する理由があり、その物理的な難儀さなんて、たかが知れたものだった。

 そんなことをツラツラと考えながらHさんの店に到着した。
 が、なんとシャッターが下りている…。
 営業していない…。
 店も開けられぬほどシンドイのだろうか、と私は愕然とした。どうせこの店は暇だろうし、カウンター内の椅子に座っておればよいだけであるから、通常通り営業できるだろうと高を括っていた私がアマかったのか。
 私は店に電話をした。が、鳴らせど鳴らせど出ない。
 なぜ出ない!?。よもや、?。なのか?。
 頭の中で、火花のように鋭い緊張が走った。
 幸いにして合鍵を持っていたので、私はおそるおそる店に入った。
 電気は点いている。しかし、誰もいない。誰も。
 ゆっくりと店を周回し、点検したが誰もいなかった。
 どういうことなのか?、と訝しく思ったそのとき、カウンターに置かれたメモが目に入った。

「お先に、病院に、行って参ります」
 
 と書かれてある。
 ふざけた文面だ。私は低く舌打ちをした。あの男、俺を、わずか2時間を待ちきれずに行きやがった。それなら断りを入れねばならぬものを、黙って逃亡しやがった。
 つまりなんの前触れもなく、この店はもぬけの殻であった。
 <次回に続く>
ゴルフ狂正伝「詐病」~序
 その日、私は朝9時から一人で枚方の店に入っていた。
 開店直後、1本の電話がかかってきた。これが後の不条理な展開への誘い水であった。
「エロ動画口止め事件」でお馴染み、Hさんからだった。
「aka君…」消え入りそうな声でHさんは切り出した。
「もし可能なら、ゴホッ、こっち(大阪市内のHさんの店)に入ってくれへんかなァ。ハァハァ。ちょっと…、熱があって、38度以上もあって、今、なんとか店には辿り着いてんけど。ハァハァ。ふらふらして、ハァハァ、歩くのもシンドイような状態で、ちょっと病院に行きたいねやんか…」
 半死半生の語り口であった。言葉の端々に挟み込まれる吐息が痛々しい。しかし枚方の店には私一人しかいないので、今すぐにはどうしようもない。遅番のKさん(今や店長に昇格した自称2ちゃんねらー)が出社するのは昼過ぎの予定だった。私は、分かった、とにかくKさんに連絡して早く来てもらうようにし、その後すぐそちらへ向かうので、それまで頑張ってください、と告げた。
「ああ、そう。とりあえず早う来て」
 やや冷たく、速い口調でHさんは言って、そして自分から電話を切った。
 
 Kさんが出社したのは11時頃であった。電話で事の成り行きをあらかた説明していたのだったが、Kさんは何やら不審を抱いているようで、
「Hさん得意のアレが出たんちゃいますか?」と言う。
 アレとは…。
 すなわち詐病である。
 悪名高きHさんの詐病!。噂には聞いていた。気の向かぬゴルフや飲み会(たとえそれが新入社員の歓迎会や送別会、あるいは社員旅行先の宴席であったとしても)を強引に回避する奥の手、ミエミエの詐病。
 Kさんを含めすべての社員は、過去の経験からHさんの詐病に辟易していたのだった。「また出たか!」と呆れ、歯牙にもかけぬのだという。しかしながら唯一私はそれを好ましく思っていた。もし私がそれに直面したなら、おそらく笑ってしまうだろうと想像していた。やり口がミエミエで可愛げがあるし、何より私は詐病というもの、それ自体が持っている何か非常に人間的な小狡さに惹かれているから。

 ただ今回は、私が感ずるかぎり本当にしんどそうであったので、予定より早く出社させられて気分を害しているKさんの色眼鏡ではないかと反駁した。
「いや。Hさんのアレはすごいですよ。『ほんまに死ぬんちゃうか』っていう顔しますからね。社員旅行の宴会のときもそうでしたよ。気分悪ぅて食欲ないっちゅうてね、一人で部屋で寝てたんですけどね。途中僕が宴会抜け出して見に行ったんですよ。そしたら何してたと思います?」
「なんですか」
「焼きそば食うてましたよ」
「うーん(笑)」
「だから絶対怪しいですよ。Hさん、来週の火曜に社長とゴルフ行かなアカンのですよ。それが嫌やから、今から前フリしてるんちゃいますか」
 とはいえ、本当に体調を崩している可能性だって当然あるわけだ。Kさんだって、だからこそ嫌々ながらでもこうして早く出社しているのである。
「まあ、とにかく行ってきますわ」
 そう言って私は枚方の店を後にした。
 <次回に続く>
伝説のPOP~その2
 この男は実在する!!

「伝説のPOP その1」は私が予想した以上のインパクトがあったようで、あれを発表したのち、複数の音楽関係者から口頭でさまざまな質問を受けた。代表的なものをここに列挙し、私なりにコメントしておこう。
 ①【あれは作り話ではありませんか?】
 なるほど。「業界の常識」に慣らされたマジメな皆さんにとっては、彼のふるまいが俄には信じられぬと言うのも無理からぬ事だろうか。
 ②【一体彼はCDを売る気があるのですか?】
 私は今に至るまで、この問いに対する明確な答えを持っていない。「ある」とすれば何故あんなことを書くのか。「ない」とすれば何故わざわざPOPを作るのか。いわば永遠の謎である。だが“群盲象を評す”という。謎は単に我々凡人にとって謎であるにすぎない。
 吉川英治著「宮本武蔵」に、柳生邸を訪れた武蔵が刀で斬られた植物の断面から柳生の腕前を知るというエピソードがあったと記憶する。武蔵ほどの手練れでもない我々が、「平成の柳生」の手によるPOPからその真意を図ろうなどとはおこがましいのである。
 ③【彼はクビになりませんでしたか?】
 クビどころか不気味にも着々と出世街道を歩んでいる。彼の名誉のために言っておくが、彼には担当した売り場のセールスを前年比150%に引き上げた実績もあり、実は大変な商才の持ち主なのである。また己個人が含み笑いしたいがために、周囲の反対を押し切って「変身後のTOSHI」をインストアライブに招聘するという奇策に打って出たこともあったが、その大胆不敵なブッカーとしての才覚も一部で高い評価を得ている。

 さて、いささかお喋りが過ぎたようだ。早速彼の「伝説のPOP」を公開したいが、今回も本稿は基本的に本人に無断であることを、まず断っておく。

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アーティスト名:V.A
作品名:「DESTROY THE MONSTERS~millennium GODZILLA remixes~」


解説:'99年にリリースされたREMIXアルバム。写真の「ジャパンマネー動く!!」というキャッチは確認して頂けるだろうか。ちなみに絶対読めないと思うが、POPの左上に異常に小っちゃくボールペンで「ゴジラという名の」と書いてある。ともかく、この雄々しくも仰々しいキャッチが日本の音楽シーンにおけるワン&オンリーな文言であることに異論を挟む者はないだろう。
 以下次のように続いている。「『パチモン成金』こと某メーカーがそこで得た巨万の富を投資してつくった贅沢なリミックスアルバム」
 分からない人のために説明しておこう。“パチモン”というのは'98年に発売された「PUNCH THE MONKEY」(*注)というルパンⅢ世のリミックスALで、彼は発売当時からこの作品を嫌っており、無論“パチモン成金”なんて言葉は世界中でこの男だけが使っていた造語である。以下「え〜!? エ、A.D.F〜!?、ア、アタリ〜!?」などと参加アーティストの豪華さについて赤字でもって大げさに驚いて見せているのであるが、一番驚くべきなのは、原稿も後半にさしかかったというのにまだゼニの話で引っ張っている彼の了見であろう。その後「そんなことはともかく、音の方はなかなかの佳作」と取って付けたように褒めた後、ラストで再び「ジャパンマネーこそが成し得た好企画」と結んでいる。
 当時“パチモン成金こと”コロンビアエンターテイメントの営業担当者はこのPOPを見て何を思っただろう…。
 ちなみに、この作品はすでに廃盤である。

*注:前回紹介した“やっつけ仕事でお馴染みの”K.Yや、FPM、サワサキヨシヒロといった所謂【いいメンツ】のトラックによって構成されていて、オシャレリスナーを中心にまずまずのセールスを記録した。それにしてもK.Yはパチモンの1に続き2、3、そしてここで紹介したゴジラのリミックスにも参加し、その都度どーでもよい音を残しているのだから、“やっつけ仕事”という表現がいかに核心を突いたものであったかが分かる。
伝説のPOP~その1
 
 この男は実在する!! 

 かつて関西のとあるTOWER RECORDに一人の傑物がいたことを、みなさんご存じだろうか。
 
 あえて名は伏せるが、彼の武勇伝は無数にある。奈良駅前で派手なストリートファイトを繰り広げたかと思えば、アメ村某所で「あの、愛想の悪いタワーの店員や」という理由で数人の暴漢に襲われそうになったこともあった。
 またバイヤーとしても己がくだらないと感じた作品には強権を発動し、たとえ他店が50枚受注する作品であろうが

「じゃ、1枚で」 
 
 と、超然と言い放つため、メジャー・インディーを問わず、全国のレコードメーカーの営業担当者は彼の一挙手一投足に戦々恐々としたものだった。
 逆に己が良いと認めた作品、メーカーには極端な優遇政策を採り、そのあまりの豪腕ぶりに、時に社内にも眉をひそめる者がいたと聞くが、心ある者は彼をタブーへの挑戦者として、またセンスの良い音楽通として認め、賞賛を惜しまなかった。
 ここで紹介するのは、そんな彼の書いた伝説的な店内POPである。彼はそのPOPのなかで、彼の愛する忍法帖や剣戟で見られる殺陣さながらに、あるときは正面から、あるときは幻惑的な動きで駄作を斬り、音楽業界の暗部をえぐり出した。今、このような表現を為せるレコード店スタッフが全国に何人いるか。いや、音楽ライターのなかにもこれほど気骨のある者はいないだろう。無論私も含めて。媒体やメーカーとの関係に絡め取られている我々が自戒するためにも、またそのような場所から生み出される出来レース的音楽評に慣らされたユーザーのためにも、彼の表現を今、世に問いたい。
 なお、写真のPOPは実物で、私が無理を言って本人から譲り受けたものだが、ここでの掲載は基本的に本人に無断で行っている。

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 アーティスト名:V.A
 作品名:「YMO-REMIXES TECHNOPORIS 2000-01」

 
解説:'99年にリリースされたY.M.Oのリミックス・アルバム評。「『PUNCH THE MONKEY』以降こういったリミックス・アルバムが乱発されているが、このアルバムは元ネタ良し、リミキサー良しということで内容は保証付き」と、企画モノで儲けようというメーカーの安易な姿勢をチクリとやりながらも基本的には褒めている(100パー本音かどうかは定かでないが)。ことにKEN ISHII、TEI TOWA、まりんの仕事を褒め、キャッチにもあるようにMALAWI ROCKSとしても知られるEMMA & TAROのトラックを絶賛している。
 だがラスト2行で彼は突然牙を剥く。
「その他もとってもいい感じです。(やっつけ仕事でおなじみのK.Yのくだらないワンパターンリミックスを除いて…)
 
 K.Yとは心ある方なら自ずとわかるであろう。それにしても私の知る限り、“やっつけ仕事でおなじみの”というタームがレコ評のなかで使われたことは、現在に至るまでただこの1度だけである。まさに音楽評論の歴史の中に埋もれたキラリと光る名調子といえよう。
雑記4/5
●WBCの大騒ぎも一段落したようなので書きますが、大会中、後を問わず、もっとも印象的なコメントは「僕の野球人生のなかで最も屈辱的な日でした」(イチロー)などでは勿論なくて、「ファイナルの注目すべきところは、プロ選手が集まった日本と、アマ王者のキューバという点だ。戦術もスタイルもかなり違う2チームだからね。この激突は楽しみだよ」(ミック・ジャガー)だと思います。同日、奇しくも王監督と松坂投手が揃って「キューバはアメリカ的なスタイルではなくて、むしろ我々日本に近いキメ細かい野球をする」と真逆のコメントをしただけに。
●もしくは月亭八方の「おめでとうございます。この大会に参加した選手にとっては良い経験になったんとちゃいますか」という、腹に一物ある言い回し。
●松本竜助死去。紳助の言うように、この人は確かにセンスがなかったかもしれないが、「現在」が竜助以上にセンスのない奴でも堂々と自らの場所を確保して生き延びられる時代であることは間違いない。幸か不幸か。
●初めて「LEON」という雑誌を読みました。「オヤジ」「ニキータ」「小僧」など(「ニキータ」って何や?)、定型化された表記に見られる稚拙なロール設定。この世のどこかにいるであろう金持ちに千切れんばかりに尻尾を振りながら、ライターの能力のせいで慇懃無礼にしか読めない記事。杜撰なデザインも含め、掲載商品の価格の高さに反比例するクオリティの低さです。「愛すべきロクデナシオヤジ」だ?。じゃ、竜助の特集でもやったらどうか。
 ま、彼らにしてみれば実売がなんぼとかどーでもよいのでしょうが、もうちょっと真面目にやれということです。
●そう言えば野球評論家の金村義明(オカンは金村カネ子)が「LEON」愛読者で、「ちょい悪オヤジに変身!」とかいう企画を以前テレビでやっていましたが、そういう恥知らずなことは金輪際やめてもらいたい。
「ビデオニュースドットコム」にて、映画特集の無料配信。宮台の映画評なんて信用できないという気がしないでもないし、つまるところ「実話ベースの作品は物語として観よ」とはあまりに身も蓋もない大雑把な結論だが、こうでも言わないと分からない人がこの国には多いらしいということが、何度も言うようだが空恐ろしい。
●嫁が免許取得のために合宿に行った。よくもそんな恐ろしいところへ行くものだと思うが、「おまえ、夜な夜な乱交パーティーとかしたらあかんねんど」とだけ言っておきました。
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