out-of-humor2
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
便乗
 カツラボクサーの近況であるが、いよいよ問題が複雑化してきたようだ。

 知らない人のために順を追って説明しよう。

小口雅之というボクサーの着用していたカツラが試合中フワフワとズレまくり、4Rのインターバルで「くそっ、鬱陶しい!!」とばかりに取り外したところ、その後怒涛のラッシュで見事勝利した。

②その4ヵ月後、「カツラが気になって試合に集中できなかったのが敗因」とする相手選手の抗議を受けて再戦が実現。先の試合により「カツラボクサー」として一躍時の人(?)となった小口雅之は、味をしめたのか今度はカツラを着用して入場し、試合前にそれを外して客席に投げるというパフォーマンス。試合は小口雅之の判定勝ち。

20060424-00000006-spnavi_ot-spo-view-000[1].jpg

写真:カツラボクサー小口(左)と「カツラが気になって試合に集中できなかった」と言い訳をした柴田選手(右)

 で、今こういうことになっているらしい。

***************

「真のカツラボクサーの座をかけて」

 プロボクシングの試合中にかつらが外れて話題になった小口雅之(28)=草加有沢=が、ノーランカーの塩野翼(22)=角海老宝石=と「真のかつらボクサー」の座をかけて9月5日に後楽園ホールで対戦することになった。
 塩野は「あのパフォーマンスはウチの加藤トレーナーが元祖なんです」と訴えた。昨年12月13日の試合中にかつらが外れて話題を呼んだ小口は、今年4月24日の試合で入場時につけていたかつらをコールと同時に客席へ投げ込んだ。実は1995年3月23日、塩野の加藤良紀トレーナー(37)もプロデビュー戦でこのパフォーマンスを敢行していた。
 塩野は15歳でホルモンのバランスを崩し、髪の毛が抜け落ちた。「だから、戦ってこっちが元祖だと証明します」試合では、セコンドの加藤トレーナーとともにかつらを装着して入場する。
 19歳でのプロデビュー前には2度、恐喝で逮捕された経歴も持つ。戦績は6勝(3KO)4敗。10勝(3KO)4敗2分けの小口は、思わぬ挑戦状に「なんだそれって感じ」と無視。因縁の試合はスーパーフェザー級(58・9キロ以下)8回戦で行われる。
(「スポーツ報知」より)
***************

 少々分かりにくいところもあるが、要するにこの人は「カツラ投げパフォーマンス」は知人の専売特許だと怒っているのだろう。
 
 世の中分からないものである。小口の「カツラ投げパフォーマンス」をオモロがった人もいるだろう、くだらんと思った人もいるだろう、なんやそれと思った人もいると思う。
 いや、そもそもこんな格闘シーンの場末ニュースなんて知らないという人がほとんどではないか。
 しかしながら、どうやらこの塩野というボクサーと加藤というトレーナー。この2人だけは、世界中でこの2人だけは小口の「カツラ投げ」を苦々しい思いで見ていたようだ。

「あっ!、これ加藤さん、加藤さんのやつじゃないすか!?」
「…ほんとだ」
「こいつパクりやがったな、畜生!。加藤さん。こいつパクってますよ!」
「うん」
「この野郎、人の芸パクって注目されやがって。ねえ加藤さん。やってやりましょうよ、加藤さんのやつパクられてオレ黙ってられねえよ」
「おう、…やるしかねえな」

 くらいの会話は交わされているはずである。
 「なんだそれ?」と小口は思ったかもしれないが、塩野と加藤はきっと真剣なのである。

 それにしてもこの塩野という若者、近親者のギャグ、いやパフォーマンスがパクられたことを理由に決闘を申し込むなんて、今時珍しい好漢ではないですか!。
 任侠の廃れたこの平成の時代に、他人の屈辱を我が事の如く怒る若者がいますか!
 だから僕は、「『真のカツラボクサー』というなら、小口と加藤がやるべきだ」とか、「そもそもこれ売名じゃねえか」とか「くだらねえマッチメイクすんな」とか、そういう当然沸いて出ると思われる批判を全て無視して、2度の逮捕歴がある荒くれキャラのくせに、イマイチくすぶった戦績のこの塩野という若者を応援しようと思う。
 ガンバレ塩野選手!。

 …と、思ったが。
 塩野選手を調べようと角海老宝石ジムのサイトを見て、呆れてしまった。(画像をクリックしてご覧ください)

052501[1].jpg

写真:ただならぬ宣戦布告に吊られて取材に訪れた日本テレビのクルーを相手に、してやったりの表情を見せる塩野選手。

 この画像を見て、僕はハッと目が醒めた。
 かかるヤニ下がった顔の男が好漢であるはずはないだろう。
 結局この男は、カツラボクサーとして話題を集めた小口にヒントを得て(便乗①)、かつて「加藤さん」が同様のパフォーマンスをしていたという事実にかこつけて(便乗②)、(おそらく)カツラを付けてはいないがハゲているという自らの容貌を逆手に取り、なにかとボクサーのパフォーマンスが取り沙汰される昨今の風潮を鑑みて(便乗③)、図々しくも「加藤さん」に成り代わって試合をすることで名を売ろうという卑劣漢ではないか。
 一体、何度便乗すれば気がすむのか。
スポンサーサイト
黒柳徹子といふ超越者
tetsuko[1].jpg

 
 前々回パンダの話を書きましたが、日本パンダ保護協会の名誉会長といえば「パンダの守護神」黒柳徹子ですよね。
 先週まで東京日本橋の高島屋で「徹子の部屋」30周年記念のイベントをやっていたのですが、東京在住の方は行かれたのでしょうか?
 大阪では8月に催されるとのことなので、僕は今から楽しみです。
 番組で着た衣装が展示されているそうですが、あの、日本国民を驚愕させ、また震撼させたセーラー服なども無論お披露目されているのでしょうね。
 聞くところによれば、スタジオのセットが再現されていて、来場者は「世界的な人物」黒柳徹子の書き割り(?)のハス向かいに腰掛けて、記念撮影ができるとか。
 僕はぜひ嫁を座らせて撮ってやろうと思います。
 一生の思い出になると思います。

 ところで最近「トットちゃんねる」を拝見したのですが、子供をきちんと説教する話など良いではないですか。
 やはり「宇宙の大器」黒柳徹子の話は機知に富み、言葉のチョイス、話術も端倪すべからざるものがあります。
ゴルフ狂正伝「三島の疑惑」
 ゴールデンウイーク後、久しぶりにゴルフ屋に顔を出すと、なんと、3月末に入社した「中古クラブ屋シーンの三島由紀夫」が辞めてしまっていた。
 私が河原でオッサンと睨み合っている間に、店は大変なことになっていたのだ。
 だが私はそのことについていささかも驚いていない。むしろ、この一ヶ月ちょっとの間よく続いたと思っているほどである。
 当初から店の運営に対して違和感を露わにしていたし、なにより決定的なのはKさんとソリが合わなかったから。
 三島が辞めたのちKさんはといえば、よほど鬱憤が溜まっていたのだろう、口を開けば三島の悪口を言っている。顔を歪め、恨み骨髄に徹するの感がある。
 無論、後輩の三島が店の方針についてアレコレと進言することの煩わしさはあったろう。しかしそれだけでは割り切れぬ怒りの深さが、Kさんにはある。
 
 Kさんがなぜそんなに怒っているか、理由を整理してみよう。

 その①「エビちゃん事件」
 ある日3人で喋っていて、不意に蛯原友里の話題になった。そのときKさんが「エビちゃん、エビちゃん(“エ”にアクセント、語尾下げ)」と、「evian」のイントネーションでずっと呼んでいて、私もそれに気付いてはいたがスルーしていたところ、よせばいいのに三島が「エビちゃん(“ビ”にアクセント、語尾上げ)ですよ」と指摘し、しつこく嘲笑したため。

 その②「ラッセン事件」
 クリスチャン・ラッセンの絵を収集している三島に「最高ですよね」と同意を求められたが、残念ながらKさんはラッセンを知らなかった。三島は信じられぬという表情を見せ、最後に「絵は嫌いですか?」と言ったという。この発言、Kさんによれば「上からモノを言う」ニュアンスに満ち満ちていたといい、その「キザな言い方(Kさん談)」を受けて、後にKさんは「虫唾が走りましたわ」という名言を吐く。

 その③「一緒にまわりましょうよ事件」
 ゴルフについて。シングル(ハンディが一桁のプレイヤー。要するに巧いってことです)級の腕前を誇る三島に対して、いつまでも100を切れぬKさん。(一般的に、スコアが100を下回るかどうかが腕前を示す代表的な指標です)。Kさんはそのことにコンプレックスを抱いていて、三島が「今度一緒に(ゴルフ)コースまわりましょうよ」と爽やかに言ったとき、またしても「上からモノを言う」ニュアンスが感じられたという。

 その④「忘れ物事件」
 三島は、日本ゴルフツアーで活躍するある有名なプロゴルファーの自称・友人であり、大会で数度キャディーとして同伴した経験もあるという。Kさんはなんの根拠もなくそのことをずっと「嘘ちゃうか?」と疑っていた。そんなある日、三島がこう言ったという。「明日○○(知り合いのプロゴルファー)と会うんで、あいつが使ってるボール貰ってきますわ」。(ネーム入りのプロ使用球は一部のゴルフマニアにとって興味の的である)。ところがその翌々日、三島はボールを持ってこず、次のような言い訳をしたという。
「○○にボール貰ったんですけど、その帰りに電車で寝てもうて、車内に忘れてもうたんですわ。すんません」
 これを聞いてKさんは、鬼の首を取ったように「子供やあるまいし、そんな理由あると思います?。また嘘付いてますよ」と私に言った。もちろん、これが偽証であるとする確かな根拠はどこにもないし、また仮に偽証だとしても、それをもってすなわち三島とプロゴルファーとの関係まで否定する根拠にはなりえないにもかかわらず。
 しかし「ね、僕が言うた通りでしょ」と己の千里眼を誇るKさんの呑気なエビス顔といったら!。

 他にいくらでも実例を挙げられるが、ともかく、かかるしょーもなさ過ぎな理由によってKさんは怒っているのであった。
 
 追記:三島が辞めた今、彼が本当に○○と友人関係にあるかどうかは確かめる術がない。Kさんによれば、彼は詐称癖があったという。なにしろKさんは三島の年齢、経歴、ゴルフのハンディ、実家の生業と、ほとんど全ての情報を疑っている。
 一方、私はほとんど全てを疑っていない。さらに正確に言えば、そんなことはどちらでもよい。私の興味は、ある時点から「ほとんど全ての情報を疑ってかかる」Kさんの徹底性へのみ向いていた。
 そもそも、私が何故当ブログで彼を「ゴルフ界の三島」と呼んだかと言えば、実にくだらない理由からだった。
 中年を過ぎてからのボディビルへの執心、その一点であったのだから。
 だが考えてみれば、本家・三島由紀夫こそ出自や受験の成否を詐称した男ではなかったか。
 だから「ゴルフ界の三島」が実際に詐称していようといまいと、少なくとも疑惑の只中にいるという事実が、私にとっては奇妙な符合として感じられるのだ。
 私は今、「三島」という通称の、意外なる妙味を密かに思っているのである。

 ちなみに私が最も好きな本家・三島の詐称はこれです。

**************
三島の同世代の男性は星新一や遠藤周作など比較的長身であることが多いが、三島は身長163センチと、当時としても小柄だった。三島はこのことに劣等感を抱いており、公には身長を詐称することがあった。あるとき、新聞記者が三島に身長を尋ねると、「173センチです」との返答だったため、その新聞記者は奇異の念を抱いた。その新聞記者の身長が173センチだったのに、どう見ても三島のほうが小さかったからである。 (ウィキペディアより)
**************
face_p[1].gif

パンダと王監督
 NHKスペシャル「天坑」より。

200604242047000.jpg


「天坑」とは中国重慶の山の斜面などに見られるポッカリと開いた大穴のこと。
 そこでパンダの先祖と見られる化石が発見され、それを分析し、CGで復元するとこのようなことになるという。

200604242048000.jpg


 この「うそ~ん?」という感じ。
 どこかで感じたことがあると思ったら、ソフトバンク、王貞治監督の声が思ったよりしわがれているショックに通ず。
伝説のPOP番外編「総会屋」(改訂版)
 もう5,6年前になるだろうか。
 
 道頓堀のクラブ「ブルーナイル」であるイベントが行われ、そこにおいて音楽業界の、いや、商取引上の暗黙の了解を根底から覆す事件が起きたことを読者諸兄はご存じだろうか。
 
 おそらくご存じなかろうと思う。なにしろその事件はあまりにも瞬間的な出来事であり、その場に居合わせた者ですら、その事件性に関心を示したのは私を含めて数人であったのだから。
 
 その事件とはありていに言えば舌禍事件であって、一言の猛語が、このキャピタリズムの増長が進む世界の時計を間違いなく一瞬止めたのである。
 
 ではその痛快極まりない猛語を発したのは誰か。賢明なる読者諸兄はうすうす分かっておられるだろう。
 
 そう、“伝説のPOPシリーズ”の主人公であるところの、あの男である…。

 そのイベントにはアーティストS氏が出演していて、その男は(以下本稿では、本稿の主人公である男のことを“その男”と呼ぶ。固有名詞として読んで頂ければ幸いである)S氏と昵懇であったため、彼のCDを売るために部下一人を引き連れて直々に物販係として出張ってきたのだった。友情に篤い男なのだ、その男は。
 
 二階の入場カウンターの横に長机を据え、そこにその男は鎮座していた。一階から細い階段を上った客は、正面にまずその男を臨むという仕掛けであった。このロケーションはブルーナイル側にすればある種営業妨害であったかもしれぬ。著しくイベントの性格に反する、ふてぶてしい坊主頭の荒くれが、入り口の所で結界を張って出鼻をくじく構えなのだから。

(そもそもその男、面相はいかつくも不敵で、話し様もどこか突き放したような向きがあり、およそ接客業には向かぬと私は今でも思っている。かつてレコ屋店内において、気の荒そうな客の「すんません、トイレありますか」という問いかけに「ありません」と答えただけで、一触即発のムードになったことさえあったのだ!)

 イベントが始まり、しばらくはその男もおとなしくしていた。私はその男の隣に座っていたのだが、確か「最近の作家では車谷長吉がなかなか渋いのじゃないか」みたいな会話をした記憶がある。今にして思えば、これは嵐の前の静けさであったかもしれない。その男はこののち徐々にその獰猛なる本性を剥き出しにしていくのだから。
 
 このイベントのメインDJは確か常磐響だったと思うが、まさにその常磐のプレイ中に事件は起こった。それまで談笑していたその男の形相が一変し、常磐の選曲を口汚く罵り始めたのである。
 
 フロアは3階にあった。その男は3階から漏れ聞こえる音楽に耳をそばだて、3階へ繋がる階段に向けて、つまり「斜め上方に向かって」野次を飛ばし始めた。

「うわ、これジプシーキングスちゃう?、ジプシーキングスて。ジプシーキングスて。なんじゃそれ。なはははは。アホちゃう。(上を指さして)踊ってんの?踊ってんの?」

 そして最後に「誰が踊ってんのじゃ!?」と吐き捨てるように言った。
 
 前述したように、その男の横には入場カウンターがあり、ハコのスタッフやイベント関係者が陣取っていたわけで、当たり前のことだが皆一斉にムッとした表情になった。だがその男はお構いなしで、

「アホばっかりやで。うわ、これ????やん(曲名忘れました)。なんじゃそれ。(上を指さして)踊ってんの?踊ってんの?」

 その後、その男は正確に曲名とアーティスト名を挙げ、その選曲の悪さをひたすらクサし続けるのだった。

 スタッフやイベント関係者は、今なにが目の前で起こっているのか分からぬ様子であった。それはそうだろう。物販のために場を提供しているという立場で、感謝こそされどメインDJのパフォーマンスにケチを付けられる言われは全くないのである。「ヒサシを貸して母屋を取られた」とでも言おうか、だが、まさかそんな状況に陥るなどとは誰も思っていない。困惑。ただ困惑。文句を言おうにも、今まさしく額にブッとい筋を浮かべて絶叫する大入道を前に何を言えるか。
 
 オロオロオロオロ、苦笑いを浮かべる者、見て見ぬ振りをする者、こちらをチラチラ見ながら内緒話をする者。そして、揃いも揃って困惑の表情を浮かべた羊の群のなかで、雄々しくも角を掲げて「誰が踊ってんのじゃ!?」と暴言を吐く超雄の水牛が一頭!!。
 総会屋だ、と私は思った…。
 
 イベントが終了し、3階からゾロゾロと客が下りてきた。すったもんだはあったけれども、その男の仕事は実はこれから始まるのである。本当の目的は物販であるから。人を野次ることではないのである。
 
 さっきまでのある種緊迫した雰囲気(その男とイベント関係者の間に漂っていた)は、脳天気にも上気した顔つきの客がなだれ込んできたおかげで、一挙に弛緩したムードに飲み込まれた。
 
 その男は「SのCDでーす。どうぞー」とかなんとか、ダルそうではあるが売り文句を言っていた。私は横で「やっぱ一応は言うんや」と思って見ていたのであるが、なかなか売れない。
 
 その男の計算外だったことは、どうやら3階のフロアにも物販ブースがあり、そこでは常磐響のCD-Rを売っているらしいということであった。私は3階に行っていないので実際見たわけではないが、下りてくる客の多くがイベントのフライヤーと一緒に透明の薄いケースに入ったCDを持っている。踊り疲れて暑いのか、それでパタパタと扇いでる奴などが何人も通り過ぎる。
 
 そうなると余計売れない。一応メインは常磐響だから。常磐を見にきた奴がほとんどなわけだから。そいつらのセンスの良し悪しはさておき、事実としてそうなのだから。
 
 その男がだんだんイライラしてくるのが横にいてよく分かった。だって目が血走っていたから。血走った目で「SのCDいかがですかー」。 
 
 いくらその男が叫んでも、客はチラとこちらを見るのみだった。客はほとんど女だった。オシャレな女がチラと見て、鼻であしらうようにプイと顔を背け、また友達と喋る。
 
 その男は、ますますイライラして、ほとんどキレかかっていた。しかし友人のSのCDを売りたいし、また、レコ屋のフロア責任者として、連れてきた部下の手前やめるわけにもいかず。とはいえ目の前を通り過ぎる女は我慢ならん。その葛藤があったのだろう。狂おしいせめぎ合いがあったのだろう。
 
 ある女二人組がその男の前を通りかかった。その男は「SのCDどうですかー」と言った。片方の女が持っていたCDを、まるで定期券を見せるように我々に見せた。それは無言の断りであった。「あたしらコレ買うたから、それいらん」、そう言ってるように私には見えた。
 
 その男の表情が一際険しくなった。
 
 女が通過した。その男は通り過ぎた女の背中を見た。細い背中だった。
 その華奢な後ろ姿に向かって、男が叫んだ。

「満足ですか!?」

私は胸の中で反芻した。「満足ですか…、満足ですか…、満足ですか…」。

 客が買うたCDを言外に否定し、「それで満足ですか?」などと聞くレコ屋が、一体どこの世界にいるというのか?

ゴルフ狂番外編「淀川の戦い3」
 看板の右手奥を見渡すと、非常に粗雑な作りながら、こんもりとした、だが上底らしき平面のある円錐台の盛り上がり(お手製グリーン)があり、その周囲をこれまたラフな造形の砂の窪み(お手製バンカー)が取り囲んでいました。
「ここや!」と思いました。
 が、すぐに写メ撮影を始めようと意気込む我々の前に、一つの問題がありました。
 お手製グリーンの奥に2人掛けのベンチ(これも奴らがこしらえたのだろう。ご苦労な話です)があり、そこに一人オッサンが座っていて、苦虫を噛み潰したような顔で私たちの動きを逐一追っているのです。
 オッサンはさっきまでここで練習をしていたのでしょうか、だるそうに体をくねらせて座っていましたが、その目は鋭く、狂いなくこちらをずっと追い続けていました。
 なぜそんなことが分かるかというと、私がオッサンを見たときには必ずと言ってよいほど目が合ったからです。

「見とんな。ごっつい見とるぞ」

 私は嫁に小声で言いました。「とりあえず土手に座ろか」
 私たちは看板の前から一時後退し、土手の斜面の中ほどに移動しました。
 
 しばらく見ていると、オッサンが立ち上がり、川側の茂みに向かって歩き出しました。そして白い垣根のようなもの(これも奴らがこしらえたのだろう)を抜け、どうやら休憩小屋があるらしい奥へと入っていきました。
 私たちはそれをずっと見ていました。
 するとオッサンは、小屋から別の小っちゃいオッサンを伴って出てきました。
 彼ら2人は何やら頷きあったりしながら、こちらを見ています。
「撮れ。今や。撮れ」私は嫁を小突いて、その様を撮影させました。(画像をクリックしてご覧ください)

200605031636000.jpg


 公園内を貫く舗装路を挟んで私らは対峙し、その間5分、いや10分、相手の出方を伺い続けました。
 私はオッサンがゴルフの練習を再開すればこの位置から撮影する気でしたが、どうもそのつもりはないようです。
 小っちゃいオッサンは、なにか棒状のものを持っていました。ゴルフクラブではありません。木の棒のようなものを持っていました。
 何に使うのか分かりませんが、棒を持って警戒心もあらわに屹立するその様は、いかにも「番人」、もしくは、語弊のあることを承知で言うなら「防人」という印象を与えました。 
 私たちが何かよからぬ動きを見せれば、これで打ち据えるぞということかもしれません。

 私は土手に腰掛けて、何呉となく雲のない空を仰ぎました。
 遠くから金属バットの甲高い打球音が聞こえていました。
 まったく、本来ならうららかな春の一幕と言って差し支えない情況です。私たちの眼前にお手製グリーンとその奥で目を光らせるオッサン2人の姿さえなければ。
 ふと私は「俺はゴールデンウイークにこんなところで何をしているのか?」と、ある種の自己嫌悪に駆られました。
 みんな太陽光をいっぱいに浴び、野外で肉を焼き、嬌声を上げていたではないか。しかるに私らは深々と被った帽子の下から暗い目を光らせて、オッサンを監視するなどという探偵じみたことをやっている。
 なんて陰に籠もった話でしょうか。
 だがそれはオッサンらについても言えます。
 彼らだって、嫁も子供もいるだろう、あるいは孫がいるかもしれない。
 その彼らが、セコイ悪態をテレビでつまびらかにされて、家族からは「馬鹿な真似は止めろ」と呆れられ、公序良俗に反する愚行を自覚しつつ、「黄金週間」と浮かれる「世間」に背を向けて、尚、こうしてまたフラフラとやってきてはゴルフの練習をせずにはおれない。
 これは由々しきことだと思います。
 彼らの胸中に、一体いかなる「信念」がたぎっているというのか。
 
 これは何度でも言っておかねばならないと思いますが、彼らが「悪い」ということは自明です。
 しかし私たちと彼らは、たとえ今、視殺戦を繰り広げているとはいえ、互いに馬鹿な「信念」に突き動かされた結果この場所に居合わたという点において、双方変わるところがあるとは思えない。
「世間に後ろ指を刺されてもゴルフの練習にきた」彼らと、「そんなオッサンらを見に来た」私たち。
 どちらも愚かで、滑稽な「信念」の結果だと思います。
 私に同病相憐れむ気持ちが芽生えたとして、なんの不自然さがあるでしょうか。


 私は深く嘆息しましたが、物思いに耽ってばかりもいられない。
 嫁を促し、私たちはゆっくりと土手を下りて、まっすぐにお手製グリーンへと向かっていきました。

 彼らはその場を動きませんでしたが、「来た!」と身構えるような緊張が、空気を通して伝わってきました。
 が、私たちはお構いなしにお手製グリーンの中心に立ちました。
「うわ、すげえ。グリーンがあるやんけ」私が言いました。
「ほんまやなぁ」と嫁。
 先ほど打ち合わせた三文芝居。
「うわ、見てみ。バンカーがあるで」
「ほんまやなぁ」
 彼らはアクビや伸びをする一連の動きのなかでチラと確かめるような見方でこちらを見ていました。
 一方私も大げさに声を張り上げながら、あちらをチラと見ていました。
 互いにチラチラと見ていました。
「おい、こらぁマジでゴルフできるで」
「ほんまやなぁ」
「誰が作ったんやろなぁ、これ。すげえなぁ」
 私はバンカーやカップを写メで撮り始めました。


200605031630000.jpg


200605031629000.jpg



200605031628000.jpg


 そのとき、彼らがどういう顔をしているか分かりませんでしたが、ずささ、ずささと、棒で茂みを薙ぎ払うような音が断続的に聞こえていました。
 何をしていたのか分かりませんが、その音にはなにか、行き場を失った怒りが込められているように思えました。
 不気味さを感じた私たちは、ともかく素早く撮影を済ませ、そそくさとグリーンから降りました。
 そして、背後にずささ、ずささと鳴る謎の音を聞きながら、私たちは淀川河川公園を後にしたのでした。
ゴルフ狂番外編「淀川の戦い2」
 さて、順を追って話していきましょう。

 私はお目当ての場所が淀川河川公園内にあることを知っていましたが、そのなかの奈辺にあるのか、正確な位置を知りませんでした。
 あの、手製のグリーンにバンカー、休憩小屋にネギ畑、そして何より「法令ギリギリで逮捕されない」という意味で、まさに「ちょい悪オヤジ」な迷惑ゴルファー達はどこにいるのだろう。
 いかにも快活なアウトドアの皆さんを横目に見ながら、明確なる目的意識に燃える私たちは、周囲を隈なく見渡しながら淀川河川公園を東に向かって横断していきました。
 歩いてみて気付いたことは、国有地であるこの公園の至るところに畑があり、人が住んでいるらしいアバラ屋があることでした。ホームレスがここに居を構えているのでしょう。
「『無能の人』や」
 私は苦笑しながら、しかしややシンパセティックな口調で言いましたが、これならゴルファーばかりに小屋作りや畑耕しの罪を着せるのは不当ではないか。ゴルファーを指弾するなら同時にホームレスを指弾するのが筋ではないか。そうでないなら、これは偏向報道ではないか。
 
 って、言うゴルファーもいると思いました。

 ところで、北東に歩けば歩くほど、だんだんと人が減ってゆくことに私たちは気付いていました。
 人の漸減は、私たちの期待感を否応なしに膨らませます。人が少なくなれば、悪事を為しやすいし、ゴルフクラブも思う存分振り回せるからです。
 そして、ついに私たちの周囲にはトスバッティングをする親子一組になりました。親父が軟球を投げ、子どもが金属バットで打っていました。微笑ましい光景ですが、まがりなりにも金属バットですから脇を通る時は危ないし、打ち損ねてあさっての方向へ球を飛ばすこともありうる訳だから、これが許されるならゴルフも許さなければ道理に合わないのではないだろうか。
 金属バットだって、充分人殺せるからね。

 って、言っちゃうゴルファーもいると思います。

 それにしても最前までの賑々しい人いきれとは真逆の寂寞感…。
 とてもGW中の同じ公園内とは思えぬ陰鬱な空気がここには流れていて、その変化はあたかも、メインストリートを曲がるといつのまにか暗く怪しいゲットーに辿りついたという感じでした。
 そのときこの看板が視界に飛び込んできた。
(画像をクリックしてご覧ください)

200605031625000.jpg

ゴルフ狂番外編「淀川の戦い」
 5月3日。大阪市の北東端、淀川河川敷にて。
 空は、「黄金週間」なる言葉の大仰さに阿るかのごとき五月晴れ。
 河原に集った屈託のカケラもない人々。バーベキューもやる。釣りもやる。バレーボールもする。犬はフリスビーを追いかける。
 そんな公序良俗を地で行く人々から東に数100メートル離れた土手に、カップルが座っている。
 この男女は、少し様子がおかしい。カップルであっても何やら屈託に満ちている。
 2人とも帽子を目深に被り、ある一点を見ている。
 その視線の方向、約50メートル先に怪しい老人が2人いて、彼らもまたカップルを見ている。
 互いに牽制している感がある。
 なにか膠着している感がある。
 約10分に渡って、不穏極まる空気を醸し出すカップルと老人。

 そのカップルこそ、すなわち私と嫁であった。

 そう、その日私たちは迷惑ゴルファー(ゴルフ狂番外編「河川敷の迷惑ゴルファー」参照)の姿を一目拝まんと、淀川河川敷にいた。

 何故私が此処にいるのか。
 いろんな事が言えると思う。
 居直り出不精の罪滅ぼしか。胸中に秘めた馬鹿な使命感か。湧き上がる野次馬根性か。あるいは自分で「現場」を見なければ気が済まぬという、宇宙の羊氏のコメントを拝借すれば、私が時折見せるらしい想定外のアクティビティーか。
 間違いないのは、しかし、そのどれか一つではありえないということだ。おそらくそれらが混交した理由の為に、私たちは土手に座っていたのである。
子どもの散歩
 昨日の夕方、堀江周辺を歩いていまして。
 前から2,3歳の子どもと若くお洒落なお父さんが横並びで歩いてきました。
 私、ビックリしたのですが、このお父さんの手には、子どもの動きを制御するリードが握られていた。
 まさにこんな感じで。

123761901[1].jpg


 さすがに首輪は付けていないけれども、小さな体をベルトで十文字に縛っている。
 
 なにこれ?。私、見間違いかと思って振り返って何度も見たのですが、今日び街ではこんなことが行われているのですか。
 お洒落でやっておるのでしょうか。
 私、寡聞にして、子どもと散歩するのにリードを使う人を初めてみたのですが。
穴を進む
 ゴールデンウイークである。
 海外に行った奴もおるだろう。沖縄に行った奴もおるだろう。あるいは、ディズニーランドに行った奴もおるだろう。
 未曾有の好景気だかなんだか知らないが、「世間」は競って非日常性とやらを金で買うていたように見える。
 しかし職業柄かもしくは別の理由によるのか、私の意識している「時間」に「ゴールデン」はハッキリと無縁である。また、そのことについて私は空しさも悲しさも感じていない。
 だが問題は、それで納得する女がこの世のどこにいるだろうか、ということだ。
 
 この時期、日常の腰の重さは嫁に対する後ろめたさとなって跳ね返ってくる。毎年の話だよ。

 というわけで「穴」に行ってきた。
 みうらじゅん風に言うなら「ANA」か。
 なぜ私が「穴」に行く事になったか、理由は割愛する。「穴」に対する私のアンビヴァレントな感情は後に書く事になるだろうから。

 近鉄吉野線と奈良交通バスを乗り継いで約3時間の道程。
 バスの車内には地元の方と観光客が混在していたが、我々以外は全ておじいさんおばあさんであった。
 一方で、バスの車窓から吉野川を眼下に眺めると、河原でテントを張り、バーベキューをしている年うら若きアウトドアの皆さんの数の多いこと。これだけ若者がいながら「穴」を見に行かんとする者が皆無であるとは、これはなんのアレゴリーか。

 さて、その「穴」とは、奈良県吉野郡川上村字柏木、吉野川を見下ろす崖にぽっかりと口を開けている「不動窟鍾乳洞」である。

200605041440000.jpg


 隣接する喫茶店で「入穴料」を払った。店名については何も言いたくないが一応。

200605041555000.jpg


 そして「穴」の入り口の脇にあったイイ感じの看板を横目に見て、いざ「穴」の内部へ。

 私にとって「穴体験」は小さい頃「秋吉台」に行って以来であったが、この「不動窟鍾乳洞」の内部は、非常に狭く、頭を低くして進まねばならないポイントが数箇所あり、一言で言って非常に疲れた。トムソーヤ気分で「穴」を攻略してやろうという輩にとっては面白いかもしれないけれども。(画像をクリックしてご覧ください)


200605041451000.jpg



 ただ、私が疲れたのは難所のせいばかりではない。実際、それらは一般的に難所と言うほど通行が困難ではないのだ。私にとってのみ難所であったにすぎない。
 正直言って、私は「穴」に入った瞬間から何故か嫌な予感がしていた。それがなんなのかは分からないが、おそらく先に述べた私の「穴」に対する思い入れに原因がある。
 足を踏み出す度、自分が「穴」を歩いている、奥に進んでいるという事実の圧迫感に押しつぶされるのである。
 動悸がし、ハァハァと息が切れ、嫁も他の観光客も異口同音に「中はひんやりしてるね」などと漏らしている一方で私ひとり激しい発汗、足はガタガタと震える。マジで!。

「穴」を出ると動悸や発汗はしばらく続いたが、足の震えはピッタリと止まった。やっぱり「穴」のせいだったね、この生理的反応の異常は。

「穴」を出て私はまた、先のイイ感じの看板に目をやった。そのときの私の安堵感をどう説明したらよいだろう。それは大げさに言えば「人間の世界に帰ってきた!」という感じだった。

 これです。(画像をクリックしてご覧ください)
  
  ↓
  ↓
  ↓
  ↓

200605041447000.jpg

ゴルフ狂正伝「ファーストコンタクト」
 お馴染み自称2ちゃんねらー・Kさんと、詐病魔・Hさんと3人で飲みに行った。
 奥に細長い居酒屋の最奥に陣取った我々だったが、酔眼極まった隣席のサラリーマン集団の嗄れ声たるや凄まじく、こちらも余程声を張らねば会話にならない。
 僕は、居酒屋という場について、少々マズかろうが不平を言わないが、会話に支障をきたす喧しさは我慢できない。何度も「え?」と聞き返したり、聞き返されたりするストレスは心底耐えがたいのである。
 そこへもってきて、KさんHさんの注文の仕方ったらなかった。
 鳥のから揚げ、鳥の竜田揚げのあん掛け(はい、鳥カブっちゃった)、ゲソの天ぷら、ポテトフライ、チーズフライ…。
「取りあえず以上で」とKさん。
 箸をどこへ伸ばそうが全て揚げ物!。
 僕は八方塞がりという思いがした。
 まったく、平均年齢40歳のオッサンが揃いも揃ってなんという下品な注文だろう。
 全部揚げ物を頼む神経、あるいはよしんばそれが偶然であっても、全部揚げ物が並んだところでなんとも思わぬ神経の鈍感さは、さすがKさんHさんと言って済ませられる度を越えている。なにが「取りあえず以上で」、か。

 というような前段を踏まえ、僕はずっとイライラしていて、ただそれが原因かどうか定かでないけれども、途中僕とKさんの間で店の運営について言い合いになった。
 論争の種について詳しく書く気はないが、そもそも僕が「これはおかしいんじゃないか」と言い、当初Kさんは済みませんと詫びつつ「いや、でもそれは…」とまともに対していたのだったが、酒も回ってきたのだろう、急にふて腐れたような態度になり、「もうええですよ、僕が社長にドツかれたらええんでしょう」と妙ちきりんな居直りを見せるので、僕もだんだん腹が立ってきた。
 いささか場の雰囲気が悪くなった。
 こういうとき最年長のHさんが場を取り繕えばよいものを、この使えぬ男は、煙草を吸い吸い発言者の顔を交互に見やるだけでおっかなびっくり、一言も口を挟まないのだった。
「ああ、ええですよ。僕がドツかれますわ。それでええんでしょう」とKさんが口を尖らせて言った。
「このガキ!」と僕は思ったが、そのとき不意に小さく、しかしただならぬ音が聞こえた。ぶすぶすぶすという、なんとも嫌な音だった。
 僕は音の出所へ視線を落とした。
 !!!!!!。
 Hさんの指に挟まれた煙草の先が、イビツに反り返ったゲソ天の突端に触れていた。
 Hさんは、後輩同士のつばぜり合いに気を取られるあまり、無意識のうちに煙草でゲソ天の衣を焦がしていたのだった。
 Kさんは相変わらず「僕がドツかれますわ」と訳の分からぬことを叫んでいたが、僕は上の空であった。
 煙草の先端とゲソ天の先端が、あまりに見事にピッタリと、寸分違わぬ精妙さでくっ付いていたから。
 こういう感じで↓。

et3[1].jpg


 冷静に考えてみて、僕がどんなに我を忘れたとして、あるいは酒で正気を失ったとしても、こんなふうに煙草でゲソ天を焼くことはできないだろうと思った。
 のみならず、この広い宇宙で、煙草の先とゲソ天の先が偶発的にピッタリとくっ付く確率が、皆さん、どれだけ低いと思いますか。
 だが僕は今見ている。細いものと細いものの先端、しかも全くジャンルの異なるもの同士が奇跡的にコンタクトした瞬間を。

 僕はゲソ天の皿から細く立ち上る一条の煙を視界の端に捉えながら、ぶすぶすぶすというただならぬ音(それはもはや感動的な調べであった)を聞き、そして、そのことにまるで気付かぬ酔漢2人の顔を、驚きとともに一方で頼もしさを感じながら眺めた。
 僕はやはり、この2人を「見る」義務があると思った。
「ま、飲みましょうよ、Kさん」と僕は言った。
ゴルフ狂番外編「河川敷の迷惑ゴルファー」
 大阪市東淀川区、豊里大橋のほとりの淀川河川敷が大変なことになっているらしい。
 本日、ABC放送「スクランブル」において、公共の場である河川敷で毎日ゴルフの練習に励んでいる60を過ぎたオッサン集団を取り上げていた。(注意してもやめない)
 ジョギングランナーや野球少年、家族連れのハイキング客もちらほら見受けられる「淀川河川公園」(国有地)を占拠し、こともあろうにゴルフの練習を(ドライバーのフルショット含む)をするとはなんたる蛮行か。即刻逮捕されてしかるべきである。
 
 しかし、ああ、許したまえ。私は今、こみ上げる笑いを押し殺している。

 良い悪いで言うなら、オッサンの振るまいが悪いということは言を待たない。だが、その振る舞いに、どうにも心引かれるところがあった。

 まずこのオッサン達、非常に凝った輩で、勝手に(繰り返すが国有地である)河川敷の草を刈ってフェアウェイにし(芝刈り機を押しているオッサンの姿あり。定期的にメンテナンスもしているようだ)、勝手に直径2メートルほどの大穴を掘ってバンカーに見立て、そして勝手に、芝を短く刈った手製のグリーンの中央をくり貫き、空き缶を埋めてカップをこしらえている。

200605011230001.jpg


 私は以前にもこの手のニュースを見たことがあり、オッサン達はレポーターが近寄ると「知らん知らん」と煙たがり逃げていたと記憶しているが、今回この「スクランブル」のレポーターの何が良かったといって、数日に渡って何度も何度も近寄っていくところである。

 つまりオッサンは何度も何度も煙たがらなければならない。
 
 だんまりを決め込む者。カメラを手で遮って逆ギレする者。原チャリで(しかし、なにせ河原の非舗装路なので非常に遅い)で何事か言いながらあさっての方へ逃げる者。前カゴに入れたクラブがガチャガチャと揺れるのを制しながら、ママチャリで必死に振り切ろうとする者。
 マイクを向けたレポーターに対し、
「おたくさんはゴルフやりまんのか」
「やりません」
「ほな分かりませんやろ…、ゴルファーの気持ちが
 などとうそぶく者。
 なんて素晴らし…、もとい悪質な奴らだろう。
 
 これらの迷惑行為は、法で取り締まることができないという。河川法に明示されていないからである。だから実際に打球が人に当たるか、「明確に人に当てる意志があった」と判断されない限り、警察は動けないらしい。
 ちなみに数年前、兵庫県のどこだか忘れたが、ある河川敷で同じようにゴルフの練習をしていたオッサンがいて、これは逮捕されている。明確に人に当てる意志があったからである。

 この淀川では、まだ逮捕者はいない。一応警察がパトカーで巡回し、拡声器で注意を促しているのが功を奏しているのだろうか。
 しかし…

 するとオッサンたちはクラブやボールを放り出して、老人とは思えぬ機敏さでサササと高い葦の茂みに隠れてしまう。

 警察が行けば、のそのそと出てくる。そしてまた、ゴルフの練習を再開するのである。

 スタジオの恵俊明はいやに難しい顔をして、「これはもうゴルファーではないですね。ゴルフをやる者としてとても腹立たしいです」などと尤もらしいことを言っていた。こんな愚行を為すのは、ごく一部の不届きな輩だけだといかにも言いたげである。
 しかし果たしてそうか。私の考えは少し違っている。
 ま、この場でそれを述べるつもりはないけれども、少なくとも私はゴルフというスポーツが巷で言われるように「紳士のスポーツだ」などとは思ったことがない。
 
200605011229000.jpg

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。