out-of-humor2
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勢い
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 勢いあまって、住谷正樹さんの域に達しようとする伊藤輝夫さんのファッション。「スッキリ」より。
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普通
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 大正駅の近く、「おもろ」で沖縄料理を食べてきました。
 美味しかったさ~。

 などと、「普通のブログ」風に書いてみる。
醜い戦闘
 今、「天誅 忍凱旋」('99年 PlayStation)をやっているのですが。
 つくづく私は敵を倒すのが下手なようです。
 説明書をほとんど読まずにやっているせいかもしれません。
 しかし読む気がしないのです。
「←→□」とか「↓↑○」とか、そういう複雑(?)なコマンド入力についていけない感じがある。
 昨晩も私は第4ステージの女剣士に何度も惨殺されました。見かねた嫁が言います。
「あんた単調やねん。技が」
「そうか?」
「『えい!、えい!』ってあんた、えらい素直に振り下ろしてるけど基本の技ばっかりやん」
「基本は大事やがな」
「もっとあるやろ、ジャンプして斬ったりクルクル回って斬ったりする技が」
「やっとる」
「やってないがな。とにかく単調やねん、あんたは」
「…」
「全部読まれとんねん」

 目下、私が最も気に病んでいるのは、敵に後ろに回り込まれたとき、どうしても素早く振り返れないことです。
 殺意も露(あらわ)な敵に背後を取られながら、ジリッ、ジリジリと極めて緩慢な動きでしか振り返れない。さすがにこれは忍者としての面目丸つぶれである。もう少し「シャッ」という感じで振り返ってくれるとよいのですが。
 女剣士に背後を取られて、ゆっくり振り返る間に一太刀、二太刀。これでは勝てるわけがない。袈裟斬りを喰らって血飛沫を上げ「ぐふっ」などと、断末魔のうめきも白々しいばかりです。

 思えば、「鬼武者」とか「三国無双」といった闇雲に剣を振り回してもなんとか格好がつくようなゲームはまだしも、「ガンダム」などはステージが進むにつれてやりきれない思いが募り、結局途中でやめてしまった。
 私はできることならもうちょっとスマートに戦いたい気持ちが強いのである。振り返って後方のドムをビームライフルで仕留めたり、敵をジャンプ台にしながらバズーカをかわしたり。
 理想は高い。
 しかし現実の私はといえば、高々と掲げたシールドに隠れてドタンドタンと接近し、間合いに入ればメクラ滅法サーベルをぶん回す以外の戦法を知らない。馬鹿の一つ覚え。
 なんと醜い戦い方だろう。
 アムロ・レイは最初の戦闘ですら正確にコックピットを貫いたというのに、である。
 才能がないと言ってしまえばそれまでだが、私はもう下品な戦いはしたくないのである。
立ち読みの精神を排す
(昨日のコメントを受けて。本屋は楽しい。楽しいがこういうこともあるという話)

 僕は「立ち読み」が嫌いです。
 僕自身よっぽどのことがない限り立ち読みはしませんし、したとしても数秒です。
 別に本屋に勤めていたわけでもないのですが、ことにええ年こいたオッサンが立ち読みしているのを見ると大変イラッとくる。
 僕は大体、棚に沿ってそぉ~っと、中腰で慎重にスライドしていきながらタイトルと著者名を見てゆきます。
 そうすると必ず立ち読みのオッサンのところでつっかえる
 これ、大変にイラッっとします。
 口に出して「どけ!」などとは無論言いませんが、オッサンの背後からニュッと首を伸ばし、右に回りこみ、次に左に回りこみ、「おっさん邪魔や」と言わんばかりの圧力をかけ、たまりかねたオッサンが本を棚に返すまで右に左にせわしなく立ち回り、返してからも「どれ、どんなしょーもない本を読んでいたか」と目を怪しく光らせて背表紙をしつこく見続け、興がのれば、その本を我が手に取り、フンと鼻を鳴らして瞬時に棚に返す。
 というような活動を草の根でやっています。
 しかし私一人活躍したところで、立ち読み者は一向に減る気配を見せません。
 なんとかならないものでしょうか。
雑記9/19
●宮崎学編集「直言」において、植草コラムが復活しているようです。また宮崎と平野貞夫は明確に植草擁護の論陣を張りたいようです。さて、どうなることやら。
 嫁と一緒に「マル激トークオンデマンド」を観ましたが、2時間もの間、どうやらこの裁判はおかしい、警察にも怪しいところがあるというような議論を延々聞いた上で、それでも嫁は、
「完全にやっとんな、クロやな、これは」と言った。
「世間」とは恐ろしいものです。
●僕はそもそも、少数の例外的な作家を除けば「詩」というものに興味はありません。ところが先日、冒頭の一遍のみを読み、ある詩集を買ってしまった。
 その詩は次のようなものです。

************************

 「なだれ」
 
 峯の雪が裂け
 雪がなだれる
 そのなだれに
 熊が乗ってゐる
 あぐらをかき
 安閑と
 莨をすうような格好で
 そこに一匹の熊がゐる

 (井伏鱒二「厄除け詩集」より)

************************

 なんとまあ、とぼけた詩だろうか。しかしいろんな解釈があるもので、例えば巻末には、「人はのんきに暮らしているが、皆、否応なく『死』へと向かう雪崩に乗って云々」といった解説がありました。けれども僕の感じでは、そんなことを言い出せば直ちに消え失せてしまう「何か」がこの詩にはあり、その「何か」に、僕は吸引されたといってよい。
 ずっとずっと昔、僕は井伏の対談集を読んだことがありますが、そのとき彼に対して持った印象は、このすっとぼけた熊そのものでした。もちろん誉めているのです。
居座り
 深夜2時。床に就けど眠れず。明朝早いのでともかく眠らねばと焦るなか、テレビで思いがけなくガラパゴスゾウガメを見てしまい、そのあんまりなお姿に目が冴えに冴える。
 思うより重心高く、首をぐーんと伸ばす所作に何故かドキリとし、見てはいけないものを見た感じ。
 徐行する一台のトラック。道の真ん中に岩の如きカタマリあり、行く手を阻む。頭がわずかに出ている。車を降り、道の脇に追わんと甲羅に手をかければ、ゾウガメ、おもむろに頭を収め、微動だにしない。80キロはあろうかという巨躯、微動だにしない。いかにも気分を害したという感じであり、こうなってはお手上げである。詮方なく数人で甲羅の縁を持ち上げて運ぶ。運ばれるがまま。しかし首も手も足も、収めたままであった。
 ゾウガメの肝の据わりようを見た思いがした。

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なりすまし
 昨夜11頃、酒睡魔と闘う朦朧たる意識のなかで、久しぶりにテレビでこの顔を見てしまった。(画像をクリックしてご覧下さい)

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 どうやら、ニセ有栖川宮こと北野康行被告に実刑判決が出たらしく、件の結婚披露宴に出席していた被害者たち、石田純一、エスパー伊東、ダイヤモンド★ユカイなどといったお歴々の面々を代表してこの男が何やら喋っているようなのだ。

**********************
 しかしながら、この「絵」のムチャクチャさは何事だろう。ニセモノが起こした詐欺事件の被害者として登場したはずのこの男。しかし背後では「五三の桐」の御紋が輝き、(言うまでもなく五三の桐は豊臣家の家紋である)、この画像では見にくいだろうが、胸には「内閣総理大臣」と黄色い刺繍の入った迷彩服を着ている。
 本当の事など何一つない。
* *********************

 さて、これは僕も初めて知ったのだが、聞けば嫁役の坂本晴美被告が「保釈金を出してくれ」と、何を血迷ったか秀吉に手紙で泣きついていたらしい(これがまた読むに耐えない悪文なのだが)。
 
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(その手紙に、苦虫を噛み潰したような顔で目を通す秀吉公)

 しかし秀吉はこう言っている。
「保釈金出してやろうかと思ったんだけれども(出さなかった)」

 そもそも何の関係もない赤の他人であり、況や騙された側でありながら、保釈金を出してもよいという神経。これをどう解釈すべきか。出自を異常に誤魔化すという点において心根にさして違いはないと思われる同士に対しての、同病相憐れんだ助け舟ととるか。あるいは単に長者の鷹揚さととるべきか。

*追記
 ところで、この事件の公判は相当ヒドイものだったらしく、それは裁判ウォッチャー・阿曽山大噴火氏のコラムに詳しい。興味がある方はどうぞ。

「その1」
「その2」
 
 また、ここには書かれていないが、氏によれば、坂本晴美被告はニセ有栖川宮に一目ボレした理由を裁判官に問われて、一言ポツリ、こう言ったという。

「雅(みやび)…」と。

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「雅(みやび)」か…。
Do you know a rumor I'm a gay?
 僕は、このブログを書く上で自分に禁じていることがいくつかあり、そのうちの一つは「取材の裏話」の如きものを書かないということであった。
 しかし本日、あるインタビューのテープ起しをしていて、これはどう考えても由々しきことだという発言をあらためて聞くに至り、そこで僕は(わりあいアッサリと)禁を破ることにした。

 先日、あるアーティストを取材した。彼はその特徴的な容姿とファッションから「ホモではないか?」、いや「ホモに違いない」、あるいは「このオカマ野郎!」といったあらぬ噂をネット上で立てられていて、僕は下調べの段階で当然それを知っていた。
 しかしもちろん、そんなことが話題に上るはずもなく、インタビューは和やかに進んでいった。
 が、ひょんなことから「彼の評判」についての話になり、「ミクシイのコミュなどに多くの意見が書き込まれる。そのなかには好意的な意見もあれば批判的な意見もある」というようなことを彼が言い出し、僕が「批判的な意見などがありますか?」と質問したところ、
「ありますよ、それは。あいつはホモだ、とかね」と言った。
「聞き捨てならん話ですね」と僕が返すと、彼はタンクトップがピッチリとフィットした隆々たる肩の筋肉をいからせて、

「僕がホモだっていう噂聞きませんか?」と言った。
 
 僕は30数年生きてきて、こんなセリフを面と向かって言われたことは過去一度もない。一度も聞いたことのないセリフは、ただその理由だけで尊重に値する。
 僕は瞬間的に笑った。しかし彼は、キラキラした目で僕の答えを待っている。笑い続けるわけにはいかない。

「聞いてない、といえば嘘になりますね」と僕は答えた。

 その後「でしょ!?、ほんと困るんですよ」と彼は身を乗り出して言い、それから数分機嫌よく話していたが、いよいよ締めねばならぬと感じた僕は言った。
「まあ、あのー、そういう中傷を…(数秒の沈黙)、乗り越えてね、これから頑張っていってほしいと思います。僕からの質問は以上ですが…」

*追記

 テープ起しで再度確認したところ、「僕がホモだっていう噂聞きませんか?」と言った後、彼は、

「僕すごい聞くけどな」
 
 と小さな声で漏らしていた。

雑記9/5
●スカイAで「夏の甲子園プレイバック~開会式」を観る。私は今大会で各校がどのような戦いぶりだったか100パー覚えているので、入場行進の際、「はい、八重山商工。千葉経大付戦での集中力は見事でした。金城長靖くんがいます」「鹿児島工業、このチームのベスト4進出を一体誰が予想しただろうか。今吉晃一くんもハツラツと歩いております」などと、嫁によかれと思い49校すべてに一言解説を差し挟む。我ながら気が狂っているとしか思えない。

●みなさん、NHK「日本の名峰」は観ましたか?。かつて柳田國男先生は「嫌な呼び方」と申されましたが、いわゆる「北アルプス」に含まれる山々を、第一回目となる今回は紹介していました。
 観ながら気付いたことは、否、正確に言えばうすうす分かっていたことですが、自分は山の名前を縮めて言われるとテンションが上がるということです。
 自分でもなぜだか分かりませんが、例えば、山容鋭き・槍ヶ岳を「槍」などと言われるとみるみる興奮するのであって、以下、番組のナレーションを聞きながらの私と嫁。
私「槍が見えるって(ニヤニヤ)」
嫁「………」
私「晴れた日に槍が見えるって(ニヤニヤ)」
嫁「………」
私「槍の穂先」
嫁「………」
私「槍穂ね、槍穂」
嫁「………(押し黙って画面を観続ける)」
私「出ました剣岳。剣が出ました」
嫁「………」
私「でもさ、槍にしても天狗にしても、完全に男性器の象徴やんな」
嫁「………」
私「エロいな、山エロい」
嫁「………(押し黙って画面を観続ける)」
私「槍にしがみつく、はマズイよな」
嫁「………」
私「槍の穂先。あー、これはまずいよ」
嫁「………」
私「うん、まずいまずい」
 言いたいことを全て言い終わり、気持ちよく眠りについた私。

 このシリーズは四夜連続だと思うので、今日もあります。NHKの深夜0時10分から2時まで。よければみなさんぜひ。

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 槍の穂先が逆さに影を落とす天狗池。
 なんだか夢のような場所じゃないですか
お山について
「剣持」について。文中で「ややこしく、まどろこしい」と私は書いたが、他ならぬ私がそのややこしさ、まどろこしさに負けてしまった。とにかく書くのが憂鬱、億劫なことこの上ない。もしこれが「仕事」ならストレスで狂うところだ。
 だからまた気の向いたときに書く。
 しかし書き上げてみれば、どうせセコイ雑文に相成ることは疑いないのに、この深刻ぶった心のありようは何たることだろう。勘違いも甚だしい。
 
 よってもっと明るい話題を書く。
 先週、嫁が3日間ほど帰省していたのだが、家族を誘って「お山」に行ってきたという。
 帰省する前にそんなことは一言も言っていなかったので、唐突に思い立ったのだろう。
 が、英断も英断、大英断である。
 なぜならその「お山」が石鎚だから。

 石鎚山!!

 西日本最高峰にして日本百名山の一つにも数えられる名峰であるが、なによりもこの「お山」は日本七霊山の一つであって、山岳信仰のメッカである。つまりは神の山である。

 私はスポーツとしての登山や色づいた植物を「狩る」こと、いわゆるアルピニズムに対する興味は人並み以下であるが、霊峰などと言われると途端にワクワクするのである。

 そんな私の性分を見越して、嫁がこのようなお土産を持ち帰った。(画像をクリックしてご覧ください)

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 石鎚敬神婦人会会報「たかね」。

「わあ」
 私は年甲斐もなく感歎の声をあげた。
 魅力に満ち満ちたこの小冊子、ページを繰ると石鎚山にまつわるオリジナルソング(「石鎚音頭」等)の紹介、大学教授、国会議員による特別寄稿、会員の皆さんの俳句など、楽しくてためになるコンテンツが並んでいる。
 だが、なかでも白眉というべきは「おかげ話」であろう。
 会員の皆さんが、石鎚に参ったおかげで思いがけずこのような良いことがありました、と個々の体験を語るこのコーナー(その全ては病気の治り具合に関するエピソードである)。皆さんの敬神、感謝の思いが素朴な筆致で綴られていて素晴しい。

 少しだけ引用してみよう。以下は、とある支部の○○さんが書かれた「おかげ話」の締めの部分である。ゆっくりと音読してみてほしい。

**********************
 これからも残る人生も出来る限りの一生懸命に少しのお礼もと思い乍ら石鎚神社の益々の良き一年でございますように御祈りし、ありがとうございました。本当に今はすっかり自分で出来る事本当にありがとうございます。
**********************

 思い溢るる感じが前後左右に揺れる文体にとてもよく表れていて、私はなんとも言えず満たされた気分になった。
「どう、面白い?」嫁が不意に聞いた。
「おもろい!」私は嫁の顔と「たかね」の表紙を交互に見ては、「ありがとう、ありがとう」と何度も礼を言った。

 さて石鎚山というのは、正確に言えば天狗岳、弥山、南禅峰の一連の総体を指し、(画像をクリックしてご覧ください)

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 この理不尽に飛び出した猛々しい岩峰が天狗岳と呼ばれ、石鎚の頂なのだが、嫁が行った日は朦朦たるガスが立ちこめており、ロープウェーとリフトを駆使してお山の中腹にある石鎚神社中宮成就社(標高約1450m)まで登ったところで、「今日は天狗が見えん」とか「天狗が見えそうだ」といった、私がその場にいたらウットリするに違いない会話がそこらで交わされているという。
 
 子供の如く目を輝かせて『それでそれで?』と話をせがむ私に促されて、さらに嫁が言うには、
 
 その天狗岳にちなんでか、あるいは天狗伝説も多くあるのだろう、最寄の下谷駅には天狗の石像が屹立しており、その他、神社、土産物屋、旅館のロビー等はあまたの天狗グッズで溢れているらしい。
「どこも天狗を押してたわ。みな天狗やった」と嫁は言った。
「みな天狗…」(一瞬息を飲み、さまざまに空想を巡らせながら嫁を見る私の垂涎の顔といったら!)

 しかし…。

「あたしもよー見てないけど、いろんなもんあったで、天狗の仮面とか。せやけど、アンタいらんやろ天狗の仮面。『たかね』のほうがええやろ。そう思って買わへんかったわ。天狗の仮面なんか結局ジャマになるだけやもんな」
「天狗の仮面…」私はテーブルの縁にピッタリと沿うように置かれた「たかね」を視界の端に捉えながら、「お前はなぜそれを買うてこんのか!?」というやりきれぬ怒りを押し殺し、重々しい口調で言った。
「その天狗の仮面とは、どんな仮面か?」
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