out-of-humor2
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塚地無我を思わせるリズムで
 先日発生した「メイド狩り」事件を伝えるニュース。
 僕はこれ、なぜかリアルタイムで(JNNの動画ニュースで)観たのですが、非常に心に残るものでした。
 連続で10回は観たと思います。
 早くyoutubeでアップされないかと待っていたら、いつのまにか出ていたようです。

http://www.youtube.com/watch?v=XwjTVhAwopE
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ゴルフ狂正伝「Aさんに聞いた話その2」
 前回、「AさんはKさんの本性をすぐに見切った」と書いたが、この表現は曖昧に過ぎたと私は反省している。
 これから書くのはHさんの話だが、この男の本性の奇天烈さなどは数秒で見切れると思うから。
 それに比べればKさんは、理解するのに数日はかかるだろうという程度には、まだしもマトモでなのである。

 しかしながらHさんの場合、「見切る」という表現を用いてよいかのどうか。
 実際は、誰も見切ってなどいないのだ。これは、覗き込んだ穴の、その絶望的な暗さによってどうやら深そうだと分かるが、底に何があるか、あるいは底というものがあるのかどうかについては見当もつかぬという類の話である。
 つまり、理解できないという事実だけを砂を噛むような苛立たしさとともに理解するほかない。
 
 AさんがHさんに初めて会ったのは、ゴルフ部門の全体会議の席上だったという。
 まだロクに話もしていない新入社員のHさんを、Aさんはつぶさに観察していた。不意に、なにか話の弾みで社長がHさんに質問をしたという。
 それに対する答えが実に要領を得なかったので、いや、そうやない、俺が聞きたいのはこういうことやと社長がまた質問をした。
 今度も、トンチンカンな答えであった。
 社長の仏心か、新入社員相手に気を使ったのだろう、いやいや違うんやHよ、今聞いてんのはこういう話やと、苛立ちをおくびにも出さず、親しげな口ぶりで聞いた。
 
 だが悲しいかな、問答はこののち数度にわたって空しく繰り返された。

 このとき、社長は極めて寛大だったという。初めての会議でこの男も緊張しておるのだろうと慮り、実に丁寧に、根気良く質問を続けた。
 しかし問答を重ねるにつれ、Hさんの紅潮した顔に油汗が浮かび、程なくしてグラリグラリと頭が前後左右に揺れ始め、最後にゴトンと、前に突っ伏してコメカミをテーブルに打ち付けた。白目を剥いていたという。

 なんとHさんは、モノを聞かれすぎて気絶したというのだ。

 まるでマンガか、もしくはレギュラー西川君のような話だが真実だそうだ。私は何度も確認したが「ホンマやて。皆に聞いてみいや」とAさんは言う。
 それから、Aさんはこれはとんでもない奴が入ってきたと、侮蔑と背中合わせの畏れを抱くようになり、社長は苦笑交じりに「Hは体弱いからのー」と頻りに言うようになった。
(そのイメージを逆手に取って、恒例のゴルフコンペや送別会や社員旅行をHさんが病欠するようになるのは、またのちの話である)
 
 さて、AさんとHさんはその後、ある直営店で一緒に働くようになった。そして仕事の合間に会話を交わすうちに、Hさんが自分の身体的な障害について極めて重々しい口調で告白したという。

 なんでもかつてHさんは繊維関係の会社に勤めていて、旋盤だか裁断機だか忘れてしまったけれども、ともかく危ない機械に手を詰めたとかで、どの指だったかこれまた忘れてしまったが、思うように動かぬばかりか、痛覚その他の感覚が麻痺しているそうなのだ。

 どう足掻いてもここまでしか曲がらぬと言うように顔を曇らせて、指をカギ状に曲げながらHさんはこう言ったという。

「指の神経が通ってないんですわ」

 分かったような分からんような症状であるが、そのときは、まあそうなのだろう、可愛そうな男だ、くらいにAさんは思った。そしてこれはタブーだと判断して、障害についての言及を控えていたのである。

 ところが、いくらこちらが控えても、他ならぬHさん自身が幾度も幾度もこの話をする。何かと言えばうつろな顔をして「僕、指がコレですからね」とカギ状の指を見せるのである。それは見ようによっては誇らしげな感じにも思え、どこか「ひけらかすように見えた」(Aさん談)。
 
 Hさんのその心理をなんと言って説明したらよいだろう。
 Aさんの分析によれば、こうである。
 Hさんにはどこか「不具者の才走り」のごときものに対して信仰心に近い思い入れがあり、伊達政宗しかりベートーベンしかり海賊シルバーしかり、「障害=シブい」、あるいは障害は才能の証明であるというところにまで論理は飛躍し、こいつは今のところ特筆すべき能力を見せてはいないが、指の動かぬところを見るとなにか非凡なものを隠し持っているに違いない。そう周囲が推察してくれるとでも思っていたのだろう、と。
 
*後日、週刊少年ジャンプをバックルームのデスクにズラリと並べていること(ゴルフ狂正伝『粉砕』参照。何度でも言うがココは中二男子の部屋か)からも分かるように、無類のマンガ好き、もといジャンプ好きのHさんに「ジャンプ連載史上で最も好きな作品はなにか?」と私は聞いたことがある。そのとき彼は「コブラ」と答えた。私はさもありなんと思った。しかし残念ながら、誠に残念ながら、秘められたる能力の象徴であるHさんの指は、小型のサイコガンなどでは勿論なくて、ただのくたびれきった指である。
 
 どこか陰のあるヒーロー気取りの、芝居がかったHさんの態度にいよいよ我慢ならなくなったAさんは、あるとき、いつもの会議室でHさんを問い詰めた。

A「おまえ指動かんとか神経無いとかよー言うてるけど、それホンマか?」
H「ホンマですよ。昔の会社で怪我して、それから指が動かないんですよ(Hさんは何度もこの説明をする)」
A「嘘付けおまえ。おまえこの前見てたら仕事中普通に動いてたで」
H「そんなことないですよ。動きませんもん。ほら(と、言って例のカギ状の指)」
A「おまえ神経通ってないって言うたな?」
H「はい」
A「それやったら何されても痛ないな?」
H「痛ないですよ。神経無いですもん」

「よしゃ分かった」とAさん。左手でHさんの手の甲を固定し、おもむろにカバンから取り出したボールペンで、グイと指の付け根あたりを突いた。
A「どや?」
H「痛ないですよ」
A「ほなコレは?」

 さっきよりも幾分力を込め、指にボールペンの先を食い込ませた。

H「痛ないですね」
A「ほんまか!?」

 Aさんはいささか驚いたのだった。自分では疑いなく痛いはずの力を込めたつもりだった。「うわ、こいつホンマに神経無いんか?」と内心思ったという。

「ほなコレはどうや!」
 Aさんはガッチリと厳重にHさんの手を押さえつけ、今度は全体重を乗せて押し潰すように、グリグリグリグリッとペン先で突き刺した。

 刹那、Hさんはグギャッと腹の底から轟かすような奇声を発し、ワナにかかった動物の如き瞬発力で体をねじり、足をバタバタと踏み鳴らして、固定された手を振り解こうとした。が、Aさんのロックはなかなかに厳重である。

「放せや!!」
 
 かつて聞いたこともないようなドスを効かせた声でHさんが叫んだ。それは明らかにHさんの声ではなかったという。HさんがAさんにそんな口の利き方をしたのは、後にも先にもこのときだけであった。
誘いには乗らん
 なんやねん。この食いついてくださいと言わんばかりのニュースは。
 
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「ゴルフに遅れる」とひき逃げ置き去り…ハーフ終了後取り押さえられる

 大阪府警布施署は24日、東大阪市内の国道でミニバイクの高校生をひき逃げしたとして、乗用車を運転していた同市の無職・中山信正容疑者(68)を業務上過失傷害と道交法違反(ひき逃げ)容疑で逮捕。同容疑者は、兵庫県川西市のゴルフ場に向かう途中で「ゴルフに遅れるから走り去った」などと供述している。

 同署の調べでは、同日午前8時ごろ、中山容疑者は交差点を右折中、対向車線を直進してきた大阪市内に住む府立高校2年の男子生徒(16)のバイクと衝突。同容疑者は一度、車を降りて生徒に「大丈夫か?」と声をかけたが、顔から血を流して苦しそうにうなる高校生を置き去りにし、ゴルフ場へ向かった疑い。

 生徒はあごの骨を骨折したほか顔面打撲、頭部打撲で入院。全治1か月の重傷という。

 事故後、中山容疑者はゴルフ仲間を大阪市内へ迎えに行った。乗用車の助手席が事故の衝撃でへこみ、バイクの赤い塗料が付いていたが「事故をした。でも、相手が悪い。遅れるから早く行こう」と説明したという。

 同署は目撃情報にあった車のナンバーから同容疑者を割り出し、家族から事情を聞いた署員がゴルフ場へ直行。ちょうどハーフを回り終えたところで取り押さえた。

 中山容疑者は事故について「赤信号で突っ込んできた相手が悪い」などと供述。だが、一方で「逃げたことは悪い。声はかけたが、プレーの方が大事やった」と話しているという。

 中山容疑者は25日に行われたシニアの大会に備え練習のため、ハーフラウンド(パー36)をプレーしていた。ちなみにスコアは「35」のアンダーパー。同署関係者は「大変なことをしていながら、大したもんや」と驚いていたが、逮捕されたため大会には出場できなかった。
(スポーツ報知)
ゴルフ狂正伝「Aさんに聞いた話」
 昔からこのブログを読んでくださっている人には言わずもがなでしょうが、「ゴルフ狂正伝」(お、なんか懐かしいな)というシリーズには3人の英雄が登場します。
 
 阪神タイガースに人生の喜怒哀楽をすべてを持っていかれたOさん。
 スプーンの砕け散った男、Hさん。
 自称2ちゃんねらー、Kさん。

 
 さて、彼らのエピソードを語るなかで、時折Aさんという人物が登場したことを、注意深い読者の方は覚えておられるかもしれません。
 このAさんという人はKさんの直属の上司でありながら、横断的に姉妹店の管理もしていたので、いわば我々全員の上司にあたる男でした。
 上司とはいえこの男、サバンナ高橋式のふざけた男で、大変人当たりは良いが、慣れてくると他人をおちょくったり、揚げ足を取ったりすることを至上の喜びとするような、一口に言って嫌な性分でした。

(無論OさんHさんKさんの方にもおちょくられるだけの原因は明確に存在しているので、一方的に“嫌な性分”と断ずるのは不当でしょうが)

 このAさんという人は、今はもう会社にはいません。
(ああ、もうそろそろ、少しは書いてもよいのでしょうか?)
 ある重大な犯罪に手を染めたために今年の2月にクビになりました。
 犯罪と言っても警察沙汰にはなりませんでしたが、ともかくもういなくて、連絡も取れません。
 HさんKさんなどは、Aさんが失脚するやいなや、かつての「親しみ」はどこへやら(もしかするとそれは「阿り」であったかもしれませんが)、手のひらを返したように罵詈雑言の限りを尽くしております。それは「罪」とは直接関係の無い、Aさんの人間性の細部にまで及んでいる。
 こういう態度ほど醜いものはないと思います。語弊のあるのを承知で思い切って書いてしまいますが、たかだか法を犯した行為があったぐらいで旧知の人物への態度を豹変させるなんてどうかしていると思います。が、それはいずれ詳しく書くことがあるでしょう。
 ただこれはハッキリ言えます。私の見方では、私が一緒に働いたうちで一番マトモなのがAさんだったということは疑いを入れない。
「ゴルフ狂正伝」にAさんが主人公の話が一つとして無いのは、つまりはそういうことです。マトモだから書くことが無かったのです。
 
“嫌な性分”と私は先に書きましたが、本当によく陰口を叩く人でした(しかしその点では私が一番“嫌な性分”でしょう。なにしろこういう文章を書いているのですから)。けれども彼の陰口には何か含蓄があり、それでいて実にサッパリとしていていやらしい感じがしなかった。私などは目を輝かせて聞いたものです。これは彼の喋りがなかなか達者であったせいかもしれませんが、それだけではない。
 例えば下に挙げているような話は、もしかすると大した話ではないかもしれないけれども、しかし少なくともこういう話をきちんと覚えていて、しかも人に伝えられるということは、これは彼のマトモさの証明ではないかと思うのです。

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 Kさんが入社して間もなく、Aさんはすぐにそのセコイ本性を見切ったのだろう、何かにつけおちょくり始めた。
 はじめ彼が俎上に上げたのはKさんの親の職業、いわゆる家業についてであった。
 Kさんの家は散髪屋を営んでおり、オヤジの名前が店名に使われていて、「バーバー忠夫(仮名)」だったか「理容室 忠夫(仮名)」だったか忘れたけれども、とにかくイイ名前なのだそうだ。
 それで事あるごとにイチビッって、「ええ名前や、ええ名前や」と店名を誉め(ニヤニヤ笑いながら)、ときにKさんを「忠夫」と呼んでみたり、「忠夫は元気か?」などと、しつこく忠夫、忠夫と言っては、困惑するKさんの表情を見て楽しんでいたのであった。
 
 ある日、Kさんが蘭の鉢植えをゴルフ屋に持ってきた。実家で客に貰ったものを、オヤジである忠夫が良かれと思い、「おまえの店に持っていきなさい」と計らってくれたのだそうだ。
 Aさん、それを見るや「ふ~ん」と言い、店頭には飾らず、なぜか日当りの悪いバックルームに置き、続けてこんなことを言った。

「分かった。ほなこの蘭の名前は『忠夫』にしよか。君、ちゃんと毎日世話せなあかんで。枯らしたら承知せんで。もし枯れたら君んとこの店が潰れるっていうことやからな。縁起悪いやろ。それが嫌やったらちゃんと水やりしいや」
 
 どう聞いても小学生の冗談にしか聞こえないが、Aさんという人は時々こういう子供じみたことを言うのである。しかし最後に、

「もし枯らしたりしたら、俺が君んとこの店潰すで」
 
 と、真顔で言ったという。
 無論これも冗談に決まっているが、入社して間もないKさんは理不尽さに首をかしげながらも怖れを抱いた。まだAさんの人となりがよく分かっていないし、生まれつき小心な男だから無理もない。
 翌日からKさんは出社するとまず一番に「忠夫」に水をやり、勤務中も常に気にかけ、細心の注意を払って「忠夫」の世話をした。
 そのおかげだろう。「忠夫」は枯れることもなく、しばらくその大きくて美しい花弁を誇っていたという。
 だが、その鉢のなかに一株だけ、今にもほころびそうなツボミが顔を出しているのを目ざとくAさんが発見してしまった。

「Kくん、見てみ、あれ。ツボミできてるやろ。あれ絶対奇麗に咲かせなあかんで。あれ咲かんかったら、店潰すで」

 またプレッシャーをかけられ、いかに小心なKさんといえどもさすがに腹が立ってきた。そもそも良かれと思って蘭を持ってきたのに、なぜこのような不条理な恫喝を受けねばならないか。
 
 元々花を愛でるような風流心のカケラもないKさんである。当初は熱心に世話をしていたが、時が経つにつれ飽きもするし、理不尽な強制力が心底鬱陶しくなってきた。とうとう、いかにもシブシブといった感じで水をやり、悪い時にはふて腐れたような顔で「Aさんも気ぃついたら水やってください」などと、「露骨に反抗的な態度(Aさん談)」をとるようになった。
 
 それから数日後、Aさんが不意に、会社に内緒で3日間ほど九州に旅行へ行くと言い出した。その間、建前としては出勤していることになっているので、会社へのフォローは全てKさんがしなくてはならなかった。第一に3日間続けて「通し」で働かねばならないし、その上タイムカードを代わりに押し、社長から電話がかかってくれば、今ちょっと出ていますなどと嘘八百を並べねばならない。にもかかわらず「ほな頼むで。うまいことやってや。なんかあったら電話して」とだけ言い残し、Aさんはさっさと旅立ったという。
 このAさん不在の間、Kさんの心中やいかなるものだったろう。ハラワタ煮えくり返り、バケツの一つも蹴り飛ばしたに違いない。入社直後だけに、職場に愛着もあるまい。退社を考えたかもしれない。「忠夫」に水やりもしたかどうか。したとしても、人殺しのような顔で、極めて雑な手つきでやったことは容易に想像できる。人殺しのような顔で、丹精ならぬ、苛立ちと怨念のこもった水を、Kさんはジョロジョロジョロとやり続けた。

 隠密旅行は無事会社にバレることなく終わり、Aさんが3日ぶりに出社する日がきた。その日は朝からAさんが入り、Kさんは昼出勤であった。
 AさんはKさんの来るのを鶴首して待っていた。しきりに時計を見、早く、早く来いと思ったという。
 そして昼の1時。店の入り口にKさんの姿を発見したAさんは叫んだ。

「おい、忠夫見てみ!、忠夫見てみ!」

 血相を変え、慌てて駆け出すKさん。「しまった!」と思った。「枯れたのか!?」という思いが頭を駆け巡ったに違いない。
 ドアを荒々しく開け、バックルームにKさんが入った。続いてゆっくりと、Kさんの背後から覗き込むような所作をしながらAさんが入った。
 
 二人の前には、今まで見たこともないような立派さの、美しい蘭の花があった。
 
 息を飲むような美しさであった。
 ガッシリとして、それでいて透き通るような繊細な色合いの花弁が、活力という活力を凝縮したような力強さでピーンと伸び、開いていた。それは見事としかいいようのない、文字通りの大輪の花であった。

 平均年齢40歳のオッサン二人はしばらく無言で「忠夫」の前に立っていた。AさんはそのときのKさんの様子を、のちに物真似で再現して見せてくれた。

 おそらく昨日まで開花していなかったのだろう。誰よりも、己が一番ビックリした様子のKさんは眼を丸くし、ポカンと口を開けた腑抜けのような顔をして、いつまでも固まって立ちすくんでいた。
恥ずべき興奮
 早朝、6時40分ごろ、浪速区千日前通りにて。
 通勤のため、地下鉄の駅へと自転車で急ぐ私は、グングン歩いてくる一人の老人とすれ違った。
 黒いフードで顔を半分隠したその男に、私は大いに感興をそそられた。
「まさかッ!?」と思った。
 なぜならその男の右手にはゴルフクラブ(アイアン)が握られていたから。

 邂逅は瞬間にすぎない。しかし朝ぼらけの、やや冷たい空気を切り裂くかのように街なかを進んでいく老人からは、何かただならぬ決意が感じられた。
 一つの明瞭なる「目的」、それのみをただ思い歩く彼の姿は、カタキ現ると聞いて飛び出していく仇討ちの士を思わせた。
「目的」とは、無論「河原ゴルフ」に違いない。
 こんな時間に顔を隠し、クラブ1本持って向かう先は、木津川の河原以外にはありえないのである。大正の阪神ゴルフセンターまではかなり遠いし、よしんば歩いていくとしたって、練習場へ赴くのにアイアン一本しか持参しないということはまずないはずだから。
(そして「目的」がそれであることは、つまり、人知れず鍛錬して何者かを見返すつもりである以上、やはり「仇討ち」と言ってかまうまいと思う)

「灯台もと暗しやないか」
 私は老人とすれ違い、後ろ髪引かれながら走り去る道すがら、何度もそう言って舌打ちをした。5ヶ月前、あんなところまで観覧に行ったのはなんだったのか。家から目と鼻の先で、ソレは行われていたのである。
 
 仕事さえなければ、私は疑いなくグルッとキビスを返し、尾行している。いかに早朝とはいえ、また老人とはいえ、抜き身(クラブ)をかざして街を闊歩するようなブッソウな輩を野放しにできないからである。
 恨みを飲む思いで、泣く泣く自転車を漕ぎながら、しかし、私の頭にある考えが閃いたのはそのときである。

「まさかあの爺、グリーンやバンカーをこしらえてはいないだろうな」

 途端に、なんとも言えぬ高揚した気持ちが沸き起こってきた。グリーンやバンカーまではいかずとも、少量の土を掘り返してカップくらいは作っているに違いない。確かな根拠はもちろん無いが、あの爺はそれくらいやる男だ。仇を討とうというのだから。

 私は「埋めよう」と思った。早朝、爺の到着する前にカップを探し出して、そっと穴を埋めておこうと思った。理由はうまく言えないけれども、そのときはともかくそうするのが一番よいと思った。優しいし、気が利いている。私は自分の企みにひそかに感心していた。
 
 その日の夜、仕事から帰ってきて、私は嫁にカクカクシカジカで、俺は明日早起きして穴を埋めなければならん、これは俺の使命であるというような話を興奮気味に語り、
「さあて明日から忙しいぞ」
 と不敵な微笑を浮かべ、そうして、ゆっくりと目を閉じて、寝た。

 翌日、起きると昼間であった。付けたままのテレビが「ごきげんよう」をやっていた。なぜか鼻が詰まっていた。ぼんやりと顔を洗い、メシを食って、コーヒーを飲んだのち、ふと昨日の興奮を思い出した。それからひとつひとつ具体的に、本来オノレが本日早朝為さねばならなかった行動を思い浮かべた。

「なんて億劫な!」と私は思った。

 どこにあるかも分からぬ直径10センチほどの穴を、腰を曲げて草を掻き分け掻き分け探し出すのにどれだけの時間と労力がいるか。そのことに、初めて思い至った。それはもしかすると気が遠くなるほどの難事業ではないのか。
 のみならず、河原の凹をひとつ均(なら)したからといって、それが一体なんだろう。子供の遊びにすぎない。それに仇討ちなんて、私は知らない。勝手にやらせておけばよいのである。
 昨日あんなに使命感をたぎらせて、「俺は埋めるぞ」と言っていたのが恥ずかしいと思った。実に幼稚で馬鹿馬鹿しい、恥ずべき興奮である。
「面倒くせ」と、私は鼻詰まりの声で言った。
 
*追記

 あんなに青空から
 もりあがつて湧くやうに
 きれいな風がくるですな

 と、宮沢賢治は病の床で書いたわけですが、この季節に「もりあがって沸くやうに」来るのはきれいな風ばかりではない。猛暑を避けるため部屋に潜んでいた迷惑ゴルファーたちも、幾分涼しくなったこの時期のそのそと行動を始めるのである。
 そのさまを想像すると、この表現が適切かどうかは知りませんが、僕は「息吹」という言葉を思い浮かべます。 




落日の井手神話
 録画していた「草野キッド」を観た。
「マスターズ陸上 男子100メートル」に出場する草野仁を追った内容であった。
 さんざん引っ張っておきながら、結局草野は肉離れにより出場を辞退したのだが。
 それはさておき。
「チーム草野」の一員として、同じく大会にエントリーしていた井手らっきょが負けた。
 この事実に、僕は言いようのないショックを受けている。

「レコード会社対抗大運動会」の影響か、「俊足」と言えばアイドルを指していた80年代の芸能界。その虚構を完全に打ち破ったのは、井手ひろし改め井手らっきょだったといってよいだろう。
 そのラディカルさを、我々は忘れてはならない。
(僕の記憶では『レコード会社対抗大運動会』に、モノマネ芸人として頭角を表し始めていた井手ひろしは出場していた。無論速いには速いが、驚愕すべき存在では無かったような気がする。それはアパッチ健と同程度という意味で)

 当時、60年代の英国ロックなどを聴き、チェッカーズがどうのこうのと騒ぐ周囲を心底馬鹿にする一方で、漫才ブーム~ひょうきん族以降のお笑いを全てフォローしていると自負していた思い上がりも甚だしい中学生の僕にとって、段違いの速力で「アイドル万能」の虚構を彼方に追いやったハゲの小男がどれほど頼もしく、そしてカッコ良く見えたかしれない。
 井手のスピードはガチであった。
 事実、それ以来、少なくとも陸上トラックで行われる短距離走において、井手が負けるところを僕は見たことがなかった。
 井手は勝ち続けた。あのフローレンス・ジョイナーにさえ。
 また同じ頃彼は、そのような麒麟児でありながら、本職においては全裸芸その他の下品極まりないパフォーマンスと、あられもない絶倫エピソードを嬉々として語ることに終始していたのである。
 なんてセクシーな、と思った。男としても芸人としても。
 その後、ケイン・コスギだの照英だの池谷ナニガシだのといった、いわゆるスポーツタレントが雨後の筍の如く登場したとしても、井手のようにラディカルさとセクシーさを併せ持った男は一人としていなかったといってよい。
 
 その井手が負けたのだ。
 練習では50メートルで6秒1という、47歳とはとても思えぬ豪脚を見せながら、本番において、後半無残に失速し、他の草ランナーに次々と抜かれた。
 この歴史的敗戦について水道橋博士は、先日大きな期待を背負いながら凱旋門賞で敗退したディープインパクトになぞらえていたが、あながち誇張ではあるまい。
 僕ですらディープインパクトよりは井手の勝利を信じていたのだ。間近で井手のスゴさを見続けてきた水道橋ならなおさらである。
 
 井手の負けは単に負けではない。少なくとも僕にとっては何かの終わりを意味していた。無論終わりというものは、いつかは訪れるものだ。しかし問題は、その先にうそ寒い光景以外に何も見出せないということである。

 しかし僕にとっては負けた相手が草ランナーであったことがせめてもの救いである。これがその辺のスポーツ自慢の芸人などであれば、さらにタチの悪い憂鬱に襲われることは疑う余地もないことだから。


*本文とはまるで関係ないが、本番前、入念にストレッチを繰り返す草野仁。

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福々
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(落合福嗣書 大スポ10/12号一面より)

 良寛さんを思わせる自由闊達な運筆に、さすが福嗣さんと膝を打つ。

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 もう大学生になられたはずですが、お名前の通り福々しいお姿で。
濱口トカトントン
 ゆうこりんの会見がまたぞろ打ち切られたとか。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20061006-00000020-spn-ent

 僕は、二人の関係がどういうものであるかに全く興味ありません。
 事務所、報道陣の対応の是非、それもどーでもいいと思います。

 しかし、ある動きや精神が、ある特定の「音」をきっかけにプッツリと止まり、無に帰してしまう。その現象には興奮せざるを得ません。
 どれほど首尾よく、機嫌よく会見が進行していても、「ハマグチ」という名前、いや音が鳴った瞬間、どこからともなくスーツ姿の関係者がわらわらと、物々しい面持ちで動き出して撤収と相成る。
 ゆうこりんの「演技」も、レポーターの「質疑」も、カメラマンの「視線」も、事務所の「目論見」も、「ハマグチ」という音が鳴るやいなや全てが一斉に終わる。

 太宰治「トカトントン」を思い出します。
 創作意欲も勤労意欲も恋心も政治運動も、なにもかも、その音が鳴れば全てがバカバカしく、しょーもないモノに思える魔性のサウンド、トカトントン。
「ハマグチ」がそれに比類するならば、そんな名誉な話はないやないか、濱口よ。

「トカトントン」を読んだことがなく、しかも今、暇で暇でたまらぬという人はこちらからどうぞ。
 青空文庫「トカトントン」
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