out-of-humor2
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おじいちゃーん!
 ノールールマッチ200戦無敗の合気道の達人、柳龍拳さんが負けたようですね。
 
 いきさつを知らない方は遡ってご覧ください、と書いてはみるものの、動画を観終わると、そんな前段を忘れて「おじいちゃんになんということを…」という気になるのはなぜだろう。

http://www.tanteifile.com/diary/index3.html

 漫画(『バキ』)通りにいかないものです。
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雑記11/27
●RUBYORLA氏とriow arai氏の公開メールが面白い。
 →http://rubyorla.jugem.cc/
 御自身が書いておられるように、このシリーズは果たしてパブリシティーリリースとしての意義があったのかという問いは残るのでしょう。しかし少なくとも僕は、これがある種のパロディーであったとしても、敢えて言えば、こういうことをやっている人が作る音楽が面白くないわけがないだろうと感じました。「こういうこと」とは、およそ次のような性質です。オッサン二人がメールで延々とコミュニケートしている馬鹿らしさであり、メール内容の馬鹿らしさであり、あるいは内容の真っ当さであり、そしてその真っ当さに対する含羞です。
●少々書くのが遅れましたが、イルリメ、SPDILL、あふりらんぽ、オシリペンペンズ、二階堂和美らのライブテイクが収録されたドキュメントDVD「LOCAL POETS」がリリースされたようです。獰猛な、そして豊穣な“地下室の風景”が連続しています。付言しておけば、地下室は、例えばそれが地上にあるか地下にあるかという建築構造(メジャー/インディー)によって規定されるのでも、それが何処にあるのかという所在地(音楽ジャンル、イベントの方向性など)によって規定されるのでもありません。むしろ、おそらくそれらの条件を無化しようとする奇妙な情熱(無意識であるにせよ)によってのみ炙り出されるような、抽象的な場所だと思います。興味ある方は是非→http://www.de-fragment.com/index.html
●これまた少々遅れましたが、蛭子能収(蛭子さん)が「ハリセンボン近藤春菜似の美人」と結婚されましたね。蛭子さんの、その悪魔的な本性については根本敬の著作に詳しいですが、知らない方のためにポップなエピソードをひとつ。

 蛭子がみうらじゅんの仕事場を訪ねての帰り際、急に何か探し始めた。
「蛭子さんどうしたの?」
とみうらがきくと
「500円玉ば落としたとですよ」
 と必死の形相で床を探している。仕方なくみうらも一緒に探したが 30分探しても見つからない。本当に落としたのかどうかもわからない500円のために30分も、と馬鹿らしくなったみうらが
「蛭子さん、無いみたいだよ」
 と言うと、蛭子はしぶしぶ探すことをやめて、ため息をひとつついたあと、みうらに言った。
「じゃ、いいです。あげます」
ココから転載)
雑記11/20
●淀屋橋の本屋でこんな本が平積みされていたのでびっくりして思わず撮ってしまった。
(画像をクリックしてご覧下さい)

06-11-18_14-21.jpg


 あらためて書くまでもないと思いますが、知らない人のために著者のプロフィールを確認しておきましょう。
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山川 健一(やまかわ けんいち、1953年(昭和28年)7月19日 - )は、日本の作家・ロックミュージシャン。千葉県千葉市出身。本名・同じ。早稲田大学商学部卒業。

1977年『鏡の中のガラスの船』で『群像』新人賞優秀作受賞。作風はヴァラエティに富んでおり、『壜の中のメッセージ』『天使が浮かんでいた』に代表されるところの、ローリング・ストーンズをはじめとするブリティッシュ・ロックの精神を盛り込んだ青春小説を精力的に執筆する一方で…(後略)
(wikipediaより)
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「ローリング・ストーンズをはじめとするブリティッシュ・ロックの精神」。そういうものがあるのかどうか僕は知りませんが、仮にあるとして、それは一体なんでしょうか。
●朝日新聞のCM。「言葉は未来、言葉は思い出、言葉は…」となにやら思わせぶりな内容ですが、一番最後に登場する、防波堤に子供と座って水平線を見すえながら「言葉は希望」という男は、あれ、まさか、ミスターIWGP、傷心の若大将こと永田裕志(永田さん)ではありませんか?。見間違いでしょうか。
朝日新聞CM「言葉のチカラ」
●前回、雑記をアップした翌日に知ったニュース「女優ミムラ、指揮者・金聖響氏と入籍」。無論なにも言うべきことはありません。ただ、これは気のせいかもしれませんが、金聖響氏は三木谷浩史と同じ臭いがするように思うのですが…。
雑記11/16
●佐山元帥の道場で画期的なシステムが考案されたようです。
http://blog.eplus.co.jp/tigermask/2006-10-28
「素顔を披露することもできません」。決然とした良い一文です。この話、単に笑って済ませるには惜しい感じがします。「素顔」について考えざるをえないからです。「素顔」なるものは、例えばある若手バンドが「自然体で、ありのままの姿を感じて欲しい」などと言って「披露」できるほど手軽なものなのか、どうか。あるいは、披露するにせよ隠すにせよ、それは自発的に決定できることなのか、どうか。
●「吉岡美穂、矢田亜希子、bird、藤原紀香」という華やかな女性陣に対して、「IZAM、押尾学、みうらじゅん(MJ)、陣内智則」とガン首並べた男性陣をどのように形容すべきでしょうか。ともかくこれで世の男性は困惑するばかりです。我々は一体何に秀でればよいのだろうか、と。IZAMについては、かつて吉田豪がこんなことを言っていましたが…。
http://tbs954.cocolog-nifty.com/st/2006/01/130_352b.html
●高校野球、明治神宮大会を全試合録画。世間では「ハンカチ王子」の熱狂もすっかり収まってしまったようですが、まったく熱の覚めやらぬ男がここにいる。秋季地区大会の優勝校が集うこの大会。現時点でスター選手などひとりもいない。それを全て録画するなど、関係者でない限り狂気の沙汰です。その姿はまるで「俄かファン」との峻別を図るかのようですが、本人にそんな意識は微塵もない。明日から粛々と、ただ粛々と観るのである。
● 前回アップした文章について、若干2名から造語の意味について質問があったので恥ずかしながらお答えしておきます。
おん気味~<形動>誤用のまかりとおる「御の字」という言葉を「御の字気味」とふんわり婉曲し、かつ省略した造語。「まあ大丈夫ちゃうか?」というときに用いる。
ベイン(vain)~<形>無駄な。無益な。かいのない。効果のない。うまくいかない。麻雀牌を積む時、手元にかき集めた牌を2段の列にし、その両端を持って前に押し出すのだが、内側に力を込めすぎて列の中央付近の牌だけが前方に弾け出てしまう現象がある(初心者によく見られる)。その現象を対面から眺めたとき「V」の字に見えたことが由来。転じて相手の初歩的なミスに対する感歎詞として、舌打ちや溜め息とともに用いる。
俺のベイン
 以下、熱で顔を赤黒く染めながら「平成教育委員会スペシャル」を観、「女子高生の間で流行っている言葉」に対してとげとげしい不快感を隠そうとせず、時折、自己顕示欲をグッ、グッとねじ込んでくるオッサンの独白。

 **********************

 折に触れて「女子高生言葉」というのが世に出てくるが、これは本当に流行っているのだろうか。まったくの嘘、または捏造ではないか。僕は疑っているのである。
 まず僕は女子高生がそれを喋っているところを直接聞いたことがない。数年前女子高生だった者なら、今学校で教えているが、未だにそんなエキセントリックな言葉を用いる者には出会ったことがない。
 そもそもメディアの取り上げ方にもいかがわしいところがある。「若者文化」とやらを冷笑的に取り上げるくせに、結果的に買いかぶっているような印象を受ける。「どうですこの変な言葉。理解不能の感性でしょう?」と言わんばかりに、昨今の女学生を草間彌生かなにかのように喧伝したいらしいが、疑いなくそんな大したものではないだろう。
 事実大したものではないのだ。「ちゃけば」。なに、「ぶっちゃけ話」を略しただけだ。単に、略語である。それなら僕が学生時代に編み出した「おん気味」のほうが余程機知に富んでいる。

 果たして、たかだか16、7歳の女学生に、オリジナル言語をいくつも創造し、それらをことごとく広範囲に伝播させるような能力が本当にあるだろうか。
 自分の高校時代を顧みて、内輪だけの隠語のようなものはあったかもしれないが、流行ったとはとても言えないし、ましてや同世代の、例えば他校の生徒まで巻き込んで使われる新言語があったというような記憶は全くない。僕が考案した「ベイン…」くらいではないか。

 率直に言って、僕はこの手の言葉について、大人が考えたか、あるいはよしんば実際に女子高生が考えたにせよ、その伝播には大人の力が大きく働いているとしか思えないのである。
 
 さらに具体的に推測してみよう。
 まずエロいリサーチャーがエロ目線で取材した女子高生が、別段流行ってもいない、たまたまそのとき内輪でささやかに使われていた造語を気まぐれに教える。
 それを件のエロリサーチャーと、そいつの雇い主であるところの、製作会社もしくは編プロのエロ担当者らが結託して、いやらしくも大袈裟に騒ぎ立てる。
 結果、情報がメディアに載る。実際の話「流行る」のはここからで、つまり「女子高生言葉」は、女子高生の間で自然的に波及したものではなくて、メディアが一枚も二枚も噛んでいるに違いないのである。しかしながらそれら二次波及、三次波及を、なにかひっくるめて女子高生の草の根ネットワークが持つ不思議な伝播力のように見誤らせんとする感がある。
 このマヤカシは耐え難い。
 そうすることで快感を得る変態がこの世に存在しているのだろうが、一体どういう魂胆か。

 だが考えてみれば、これは特筆するまでもない、ごくごく当たり前の話かもしれない。
 やはり、「流行」なんてもののほとんどはそういうものだから。
「ベイン」などは例外的な話で、またまた「ベイン」の話で申し訳ないけれども、雀卓を囲んで生まれた言葉だけに、他校の腕自慢と一戦交える度に広まっていったわけだが、普通はメディアが介在せぬ限りそうはいかないだろう。
 のみならず「ベイン」の場合、(返す返すもこの話に執着しているようで気恥ずかしいが、そして白状すると実はこれは造語ではないのだが)、言語としてそもそも優れている。知的でありながら間が抜けていて、かつ諦念を噛み締めるようなところもある。
 これ、実に麗句であります。

 しかしその麗句がのちにどうなったか?。
 いっこも使われてないばかりか、誰も知らんやないか!。
 考案した本人はしばらく踏ん張って使っていたようであるが、死語への趨勢はすでに決していたのである。
 姑息な手段を用いて成り上がった「女子高生言葉」と対照的に、「ベイン」は慎ましく生きて、そして死んだわけだ。
「女子高生の使う言葉は生きた言葉だ」などとは笑わせる。
 
 俺の「ベイン」が死んでいるのに、それらが生きているなんてチャンチャラおかしいのである。
熱の作用
 ここのところ微熱が続いている。
 いや、実際に検温していないから分からない。高熱かもしれない。
 微熱というのは、ただ嫁がそう言って決めつけているだけである。そして僕はその見立てを少しも信用していない。
 
 朝、枚方の店へ出勤するために淀屋橋で乗り換える。ここでスーツ姿のオッサン、オジイの群れに巻き込まれる。
 見慣れた「風景」であるが、こちらは高熱(と僕は思っている)でイライラしている。
 群れの中で、不意に、漠然とした妄想に囚われる。僕が何がしかの「表現」を為すとして、この群れを構成する人たちにモノを分からせるのは途轍もない忍耐力を要するにちがいない。そしてさらにむごたらしいことに、僕の感じでは、結局のところ表現活動とはこの群れを相手に「話をする」ことに他ならないのである。

 京阪電車の車内で、オッサンがサンドイッチを貪り始めた。カレー味のコロッケが挟まれたらしいその物体を、なにやらオツに澄ました顔でオッサンが食っている。茶色の衣の内側から、モサモサとした黄色の盛り上がりが伺い見える。
 なんという醜悪さだ。
 問題はこの男である。この男が問題なんだ。
 この男に何かを伝えることなんて、一生かかっても不可能である。
 だがしかし、おそらく問題はこの男に限りはしないし、ラッシュ時の淀屋橋の特殊な「風景」に限りもしない。
 僕には、群れのなかに一人でもマトモな者がいるとはとても思えないのである。

 ただし、言うまでもなく僕だって充分マトモではないし、そもそもどちらがマトモかなどという問いはどこまでも相対的で、かつ不毛である。確実なのは、上に書いたようなことは全て思い上がった感傷家のタワゴトにすぎないということで、なんだかんだと意味の分からぬことをブツブツ考えているだけである。

 こうした精神状態で平日昼間、ゴルフ屋のカウンターに立っていると、眼前を通り過ぎる人々の姿がまるで悪い冗談のように思えてくる。

 異様に背すじを伸ばし、上体はまるで動かさず、滑走するように歩く老人。左手にクラブケースを持ち、右手で中型犬を抱えるオバハン。真っ黒に日焼けした顔つきと態度のデカさだけは北方謙三さながらのチビのオッサン。1本500円の特価クラブコーナーに、もしや宝が埋もれていないかと眼を血走らせて、1時間以上も群がり続ける3人のハゲたオッサン。(宝など無いから1本500円コーナーなのだ)

 なんのことはない、みな妖怪やないか、と思った。
 
 ふと、勇ましい足取りで初老のオッサンがこちらへ向かってくる。手にはパーシモン(柿の木)ヘッドのウッドが3本握られている。
「兄ちゃん、これ買い取ってくれや、なんぼや」と言う。
 ウッドのヘッド素材は大雑把に言ってパーシモン→メタル(ステンレス)→チタンへと進化していて、チタンヘッドの出現からもう十数年は経っている。パーシモンのウッドなど値が付くわけはないのだ。
 その旨を伝えたが、オッサンも粘る。500円コーナーのクラブを指差しながら、
「あれとそんなに変わらへんやんか。なんぼでもええから値ぇ付けてーや」
 枯葉を紙幣に換えよというわけだ。狐か狸のごとき男である。
「いや、だから、無理です。値段は付けれませんわ」
 僕は何度こう言っただろう。しかしオッサンの執念は尋常ではない。かれこれ30分は粘ったのではないか。
曰く「いつもここでクラブを買うている」「常連に対して冷たいやないか」「せっかく持ってきたんやから」「ほんまに頼むわ」「100円でええから100円でええから」

 僕もこれほどシツコイ男は初めてである。最後には観念してしまった。
 キャッシャーではなく、自分の財布から100円玉を取り出し、オッサンに渡した。
 オッサンは「初めから素直にそうしたらええんや」という不敵な笑みを浮かべ、そして嫁らしきオバハン、思うように進まぬ旦那の折衝にシビレを切らしていたのだろう、いつのまにか入り口のところで険しい表情を浮かべて仁王立ちしていたオバハン(僕はオッサンを説得するのに夢中でこの仁王様にまるで気付かなかった)に歩み寄った。
 そして、

「ほい」

 と、これが本日の成果であるというように、オバハンに100円玉を手渡した。
沖ちゅうのオッサンに捧ぐ
 西成区を南北に貫通する国道26号線沿いに串カツ屋「沖ちゅう」がオープンしたのはおそらく3年ほど前だったが、実を言えば僕はその当時から確信があり、1年ともたず潰れると思っていた。

 そもそもこの一帯はひと月前酒屋だったものがもうラーメン屋になり、できたてのビデオ試写室がスナックに変わり、お好み屋が自転車屋に突如姿を変えるというような土地で、一口に言って商売をするにはあまりにゲンの悪いエリアだった。
 繁盛を夢見た出店者は、国道沿いだ、客が集まると期待もするだろうが、その考えは大甘なのである。

 例にもれず「沖ちゅう」も開店直後から苦戦を強いられた。
 外から伺い見ると、いつも狭い店内に客はほとんどおらず、5、6人の店員ばかりが所在無さげにうろついている光景は空寒いものがあり、そんななか経営者であるらしいスーツ姿の中年男が、うなだれる老店員に熱を帯びた接客指導を行っているのを見たときには、人事ながら何か居たたまれない思いがしたものだ。
 おそらく、その経営者の指示だったのだろう。手を変え品を変え行われた売上向上策もことごとく奏効しないばかりか、苦しい台所事情を象徴しているようで痛々しい限りであった。日に日に「親子丼はじめました!」「タコ焼きはじめました!」「おでんはじめました!」と拙いポップが張り出されたが、メニューの増加に売上が比例したか、どうか。甚だ怪しいと言わねばならない。
 
 しかし、唯一僕がひどく心を打たれた策があった。
 いわゆる「呼び込み」、当世風に言えば「キャッチ」である。
 それ自体まるで珍しくもないだろうが、何しろ演者が良かった。
 細く鋭いディストーション系の声を持つこのオッサンのパフォーマンスを初めて観たとき、その衝撃を僕は今でも覚えている。
 背が低くガリガリに痩せた体を左右にゆっくりと揺らしながら、キャッチワードに独特なるメロディーをつけ、彼は歌っていた。

 イラッシャイマセハイドウゾ(いらっしゃいませ はいどうぞ)
 オキチュウノクシカツデイッパイノンデ(沖ちゅうの串カツで一杯飲んで)

 これが「サビ」あるいは「フック」に当る部分で、平板な旋律の終わりだけをいやらしく跳ね上げるこのメロディーは浪曲のようにもレゲエMCのフロウのようにも聴こえ、なんとも気持ち悪く、僕は瞬間的に顔をしかめたほどだった。
 だが気持ち悪いメロディーは喉につかえた小骨のように残る。
 次第に、僕が何度も繰り返し聴かずにはおれぬ気分になったとして、なんの不思議があるだろう。
 またこのサビに続けて、

 キョウノツカレヲイヤシテ(今日の疲れを癒して)
 アスノエイキヲヤシナッテ(明日の鋭気を養って)
 カワイタノドヲウルオシテ(渇いた喉を潤して)

 などと華麗な(?)ライミングを惜しげもなく披露するのだが、梅雨空のある日、彼が不意に、こう歌ったときに僕は内心飛び上がって喜んだものだった。

 ナツノアツサニソナエテ(夏の暑さに備えて)
 
 その発想は無かったわ、と思った。
 梅雨どきに、「夏の暑さに備えて串カツはいかがか?、ビールはいかがか?」などとこじ付けも甚だしい。ということは、これはつまりゴチャゴチャ言わんととにかく食うたらええんやと言わんばかりの押し付けがましい発想であって、素晴らしいの一語に尽きる。
 韻さえ踏めばよかろうというフテブテしい態度の見え隠れも憎らしい。

 以来僕はオッサンの前を不自然な程じっくりとしたスピードで横切る、突然呆けたように立ちすくむといった苦肉の策を弄して、一秒でも長くオッサンの歌声を謹聴することに腐心し始めた。
 
 だが実は、僕は呼び込みには異様に食いついていたが(疑いなく世界で一番)、店内の串カツに「食いついた」ことは只の一度もなかったのだった。
 
 今となっては悔やんでも悔やみきれないが、先述したように僕はこの店はすぐに潰れると思っていたので、遠からず訪れるであろうその最後の日にひょっこり顔を出して、「この辺で商売は難しいでしょう?」「しかしおっさんの呼び込みは、あれ良かったですよ」と、しらじらしい表情で話に花を咲かせてやろうと企んでいたのだった。
 また、もう一つ言うなら、呼び込みだけに反応し、店内には絶対入らんという態度が我ながら徐々に面白可笑しく感じられてきて、嫁は何度も「行ってみようや」と言っていたが、僕は「死んでも行かん」と馬鹿な意地を張っていたのである。
 
 オッサンも僕のそういう部分を察したのかもしれない。初めこそ自慢の喉を存分に振るってくれたが、だんだんと、ことに通行者が僕一人のときなどは、途端にサボるようになった。
「またあの、店には入らんくせに妙にのそのそ歩く男が来たで」くらいにオッサンは思っていたのかもしれない。
 もしかすると僕の被害妄想かもしれないが、そう感じた。こちらとしては、「夏の暑さに…」以降の新しいフレーズが発表されてはいないだろうかと気もそぞろであるのに、サボられてはたまらない。
 しかし、例のヤツお願いしますなどとオッサンに頼めるはずもない。店には絶対入らぬ僕に、そんな資格は微塵もない。
 
 止む無く僕は通行者の大勢いるときを選んで、その陰に隠れてコソコソと、彼方に響くオッサンの美声を拾い聞くという卑屈なマネをしばらくやっていたのだったが、そのうち、毎日のライブが3日に1回、一週間に1回に減り、ついには全く無くなってしまった。
 
 ファン(僕)は身を切られる思いであった。

 またぞろあの中年経営者の差し金だろう。売上の悪さを鑑みて、おまえの呼び込みは効果ゼロや、いや、なんや変なフシ付けやがって、むしろ逆効果や、やらんほうがましやなどと、悲しいことを平然と言ったのではないか。
 稀代のパフォーマーを陣営に抱えていながら大変勿体ない話である。と、食いつけど釣られぬ僕がこんなことを言うのもチャンチャラおかしいが。

 ともかく、オッサンのライブが終了するやいなや、僕の「沖ちゅう」への興味は急速に薄れていき、そしてちょうど、ここ1年というもの嫁の家に入り浸っていたので、たまに自宅に帰っても、ほんの目と鼻の先にある「沖ちゅう」やオッサンのことさえ、すっかり僕の生活とは無縁になっていたのだった。

 そんなある日、ついこのあいだであるが、自宅に帰ったとき、不意に「沖ちゅう」のことを思い出したので、僕はふらりと店前に立った。
 
 店は、たたまれていた。
 いつ閉店したのかも分からなかった。
 
 死に目に会えぬというのはつらいことである。僕は自分のふざけた企みを恥じた。考えれば考えるほど、心残りばかりである。とりわけ最後に一言だけ、おっさんにこう言ってやりたかった。

 おっさん、おっさんはよくやった!

 秋風肌寒い10月下旬。
 夏は、とっくに終わってしまっていた。
 
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