out-of-humor2
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
ゴルフ狂正伝「Hさん対チルドレン~その2」
 【前回のあらすじ】
 <身長200センチに達しようかというデカイ子と極めてガラの悪い(?)アラクレ2名を含む7、8人の小学生がHさんの店にクラブを買いにきた。店外に並べた激安クラブを物色する彼らの様子をしばらく眺めていたHさんだったが、彼らがクラブを買う理由はそれを振りかざしながら我が店を襲撃するためではないかという疑念が不意に沸き起こり、のっぴきならぬ身の危険を感じて…>
 
 そう思うといてもたってもいられなくなり、子供らのどんな小さな動きも見逃さぬ、細心の猫のような注意力でHさんは全身をこわばらせたのだった。
 
 そのときアラクレの一人(これをアラクレAとしよう。最もヤクザ的な資質を持った子供)が「オマエ、コレデエエヤンケー」とイカツイ語調でデカイ子に言いながら、一本のクラブを手渡した。
 デカイ子はそれをしげしげと見つめたり、ぎこちなく構えてみたりしたのち、「これあかんわ」とポソリと言った。そして「ナンデヤ!」と恫喝するようにアラクレAが聞いたとき、彼はこう言ったという。
「だって僕左利きやもん」
 アラクレAが渡したクラブは右利き用のものだったのだ。Hさんは、アラクレAの気の短そうな引きつった顔と、デカイ子の肩から顎にかけての堂々として実に頼もしいラインを交互に見比べながら、そのやりとりを聞いていた。しかしアラクレAが事も無げに言った次のセリフを聞いて、背筋の凍る思いがしたという。

「ベツニエエヤンケ、ボケ」
 
ひ、左利きやと言うてるのに…。別にええやんけとはどういう了見だろう。すなわちゴルフクラブとしては用いないということではないのか。武器か?。やはり武器なのか?)

 Hさんはいよいよ青ざめたが、続けざまにアラクレAがガラス越しに店内を見ながらこう言ったという。
「オワッ!!、見テミ!、店ン中ギョーサンアルヤンケー」
 反射的に、しかし何気ない動きで、今しがた居た場所からジリッジリッとスライドして入り口の扉の前に移動するHさん。子供らの入店を、特にいきり立って先導するに違いないアラクレAの進入を水際でやんわり押しとどめようという腹であった。いかにアラクレAとはいえ、武器さえ持っていなければたかだか小学生であり、また幸いなことに彼は、標準的な小学生のなかでもおそらく背の低い部類に入ると思われるほど小柄であった。なぜならその7、8人の中でも小さいほうであったから。しかし…。

あのデカイ子に押し寄せられたらひとたまりもないぞ。もしシバかれたら、下手すれば死ぬな。デカイ子はおとなしいから自発的に押し入ったりはしないだろうが、もしアラクレAに命令されたらどうだろう。気の優しいあの子は、友達の求めにしぶしぶ応じて突破しにかかるのではないか。しぶしぶといっても、デカイ子の突破力は尋常ではない。突破されたら最後、あとはアラクレA率いる大群が雪崩れ込んでくる。店の商品を振り回し、傷つけ、やられ放題、『学校の窓ガラスを割って回る(Hさん談)』ように蹂躙される…)

「断固入店を阻止しなければならない」とHさんは思った。
「店の中のクラブはね、ものすごい高い値段なんでね、数万…、あ、数十万するのもあったかなァ。クラブに触るのはお断りしてるんですよ。ちょっとでも傷ついたらすぐ弁償してもらわないとダメなんです」白々しくも深刻さを装いながらHさんが言った。勿論大嘘である。
「サワッタラアカンノ?」
「そう…ですね。もう、なにかあったらとにかく弁償、ということになるんで」
 およそ子供の最も恐れる言葉は「弁償」であるというように(おそらくオノレがそうだったのだろう)、しきりに「弁償」「弁償」と繰り返し、アラクレAの士気をくじこうとするHさん。
「フーン」アラクレAはそう言って、またぞろキャディーバッグに入れられた激安クラブを物色し始めた。その間、その場にいた全員が無言であった。ただ、アラクレAがクラブをキャディーバッグから強引に引っこ抜いたり、抜いたのを差したりする耳障りな音だけが響いていた。  

「コラッ!、クラブをそんな乱暴に扱ったらあかん!」
 もし、ここで思い切ってそう叱責すればどうなるだろうか、とHさんは考えた。アラクレAは言うことを聞いてくれるだろうか。大人の威厳に気圧されるだろうか。いや、しかし…、そんな賭けはできるはずもない。なにしろ一言、たった一言だけ、彼が「行け」とデカイ子に命じさえすれば、今度はこっちがやられる番である。店は壊滅し、すべて終わりである。

 そしてついに、Hさんは次のように考えたという。

(初め見たときは、デカイ子、怖いと思ったが、違うぞ。最も怖いのはあのアラクレAである。彼の理不尽な、かつ暴力的な指令をこそ警戒しなければならない。この集団は彼の一声で暴徒にもギャングにもなるのだから。あまつさえリーサルウエポン(デカイ子)も控えている。彼を怒らせてはいけない。逆に言えば、彼さえ抱き込めばこっちのものである。安泰である…)

 その結果、Hさんがどのような懐柔策を採ったかといえば、ここに書くのも忍ばれるほどに卑屈であった。

 アラクレAに対して1本500円のクラブを100円にまけてやり、それを見たアラクレの片割れが(これをアラクレBとする)が「ウソー、オレモマケテヤー」と声を荒げたのでこれもまけてやり、「僕も…」と控えめに便乗する残りの子らに対しては「すみませんね、これがイッパイイッパイですわ」と一度はニベなく退けながら、アラクレAに「ウソヤン!、皆マケタッテヤ」とスゴまれれば慌ててしまって「じゃあ…、しゃーないですね」と、実にやすやすと翻心する。
 
 甚だしきは、アラクレBが100円で購入したクラブでブンブンと素振りをし始め、まずまず往来のある歩道であるから注意しなければならぬところを、そのあまりにイキの良い振りように見とれてしまって、

「ナイスショット…」
 
 と声をかけたというのだ。

 Hさんが、まさしくどこぞの社長を接待する構えで彼らに接していたことがうかがえるが、それにしても、見ず知らずの小学生の、しかも素振りに対して「ナイスショット」と言ったのは、相当稀な話ではないか。

 ともかくこうした機転(?)の数々によって窮地を切り抜けたというHさん。しかし心身ともに疲弊したのだろう。前編の冒頭に書いたように、並の虚脱ぶりではなかった。
 だがここでHさんが見せた策、すなわち“集団(小学生である)のなかから対象を探し出し、そして媚びへつらう”という態度が、僕には実に興味深い。
 
「search and destroy」(イギーポップ&ザ・ストゥージズ)ならぬ「search and flatter(媚びる)」とでも言うべきHさんの「方法」は、かつて「一vs多のケンカでは、相手の集団のボスをまず狙え」と言った大山倍達の「方法」とある面で同じであり、またある面では著しく異なっている。しかしいずれにせよ、そのような策を小学生にまで用いなければ済まぬところにHさんの特異さはある。
 
 蛇足ながら付け加えれば、Hさんが肩で風切って去るアラクレの背中に、「I wanna be your dog」(イギーポップ&ザ・ストゥージズ)と呟いたかどうかは、我々余人の知るところではない。
スポンサーサイト
ゴルフ狂正伝「Hさん対チルドレン」
 昨日の夕方、Hさんが息を切らした調子で電話をかけてきた。もっともこの人の電話は、どんな調子でかけてこようがクダラナイ内容と相場は決まっているのであるが、このときばかりはいつもと少し様子が違い、なにか怯えたような、ほとほと疲れた果てたような感じで、かすかに声が震えている。
「今、チェホンマンの子供みたいな奴が店に来た。クラブ買うていった!」と言う。
 “チェホンマンの子供みたいな奴”とはいかにも乱暴な比喩だが、詳しく聞けば、尋常ではないデカさの、「約197センチ、120キロ(Hさん談)」の小学生が来店したのだという。
「aka君、観てないかなァ。ちょっと前に『探偵ナイトスクープ』に出ててん。どデカイ小学生。そいつやねん。そいつがさっき来てん!」
 漠然とだが、それは僕も覚えていた。数ヶ月前、「探偵ナイトスクープ」で“ものすごい小学生がいる!”というタイトルだったと思うが、たしかに途轍もなく背の高い小学生が紹介されたことがあった。しかしその子が大阪の西区~大正区周辺の小学校に通っていたかどうかとなると定かでない。むしろ違ったような記憶がある。
「観ましたよ、それ。でもそれってその辺(Hさんの店周辺)の小学校でしたっけ?」
「そやねん」Hさんはキッパリと言った。「どっかで観たことあるなーって思てん。で、ああそうや、『探偵ナイトスクープ』で観たんやと思て、多分そうやと思て、聞いてみてん、その子に」
「なんて聞いたんですか?」
「このあいだ、テレビに出てませんでした?って。そしたら『出たよ』って言うてたわ」

(しかし、そうはいっても僕は自分の漠然とした記憶を否定しきれない。つまり、この話が虚言である可能性はあると思う。みなさん、そのつもりで読んでください)

「デカイでェ、aka君。ドラム缶みたいな胴回りしてるしな。腕も太いしな。うちの店の外に“段”あるやろ。あの、クラブ置いてる“段”。あれ20センチくらいあんねんけど、あれ乗ってもまだ上向いて喋らなあかんからな。とんでもないですよ」
 その子は7、8人の同級生たちと一緒であった。いや正確に言えば、7、8人の同級生たちに連れられて来たという印象だったらしい。ひときわ飛び抜けたガタイでありながら、彼の態度にはどこか引っ込み思案な様子が見て取れた。他の子供たちのように、いかにも子供らしい快活さで動き回るでもなく、集団のなかでも一歩引いたところで、ただジッと佇んでいるのだという。もちろん、だからといって彼の存在感がいささかでも薄まるということはありえないわけだが。

 その7、8人の小学生のうち、彼を含めた5、6人はおとなしそうな子であったという。しかし残りの2人が問題で、これが実にヤンチャそうな子らで「どんな暴走族になるか分からん(Hさん談)」ようなアラクレどもであった。「オマエ十円ダセヤー」「ダマットケヤ、ボケー」などと、非常に下品で荒々しい(?)言葉使いで、デカイ子を含めた集団を統率しているのだという。
 彼ら2人が、キャディーバックにごっそり入れられた激安クラブを粗雑な手つきで物色し、あるいは「引っかき回し(Hさん談)」、手ごろなのを見つけては「オマエ、コレニシトケヤー」などと居丈高な調子で他の者に手渡すのである。

 それを見ながら、Hさんの頭にある憂鬱な妄想が芽生えた。
「この子たちは何をしに来たのだろうか。えらく適当な感じでクラブを選んでいるようだが(子供だからクラブの良し悪しが分かるわけもなく、適当に選ぶのは当然である)、本当にゴルフをするのだろうか。もししないのなら、こんなものを子供が振り回すのは危険である。武器になる。武器として用いられる。はっ!!、まさかその刃がうちの店に、俺に向けられたら!?」

(続く)
雑記1/18
「ポール・ウェラー、勲章の授与を断わる」
 もう3、4年前だと思うが、私がふとテレビを点けると「英語でしゃべらナイト」という番組にポール・ウェラーが出演していて、本当に何が気に入らないのか知らないが観ているこちらがハラハラするほどの不機嫌さで、始終貧乏揺すりをし、いらいらそわそわ、とにかく落ち着きがなく、眉間に鋭い皺を作って、噛み付きそうな顔でインタビュアーを睨んでいたのだった。無論、そのしょーもない質問は何事か、すぐ止めろと言わんばかりの、なにか呆れ果てたようなゾンザイな受け答えで、確かにこの男に「英語が上手くなるためにはどうしたらいいですか?」などということを聞くのは間違っているが、それにしたって私はテレビでこれほど機嫌の悪いオトナを初めて観た。黒縁メガネの、いかにも「西洋人の考える日本人」然としたインタビュアーが震え上がっていたことは言うまでもない。僕の記憶は相当曖昧だが、ポールは別段エラぶっていたとか、ある個別の事柄に対して怒っていたとかではなくて、単に不機嫌だったように見えた。しかしそれは実にホレボレする不機嫌さであった。私は彼がソロになってからの作品をほとんどフォローしていないが、こうした彼の渋い態度にはグッときてしまった。もちろん良い意味で、である。最後に彼は日本の印象を聞かれ、「日本の歴史や民族性、文化は魅力的でとてもリスペクトしている」というような爪の先ほども考えたことがないに決まっている適当な誉め言葉を、「おまえほんまにシバくぞ」とでもいうべきブッソウな表情で言った。さすが、である。(もしこの映像をお持ちの方、あるいは動画情報お持ちの方がいればご一報ください)
「ミック・ジャガー、番組のタイトル変更を要請」
 かと思えば、一方でこういうシマラない話もあったらしい。「Let's Rob Mick Jagger (ミック・ジャガーから盗め)」はダメで、「Knights Of Prosperity」(Prosperity=特に財政的な繁盛、隆盛、幸運)ならOKなわけか。「ローリング・ストーンズをはじめとするブリティッシュ・ロックの精神」(wikipedia『山川健一』の記事より)―この意味不明瞭な言葉がもし尊重に値するものならば、一般的に言って「Knights Of Prosperity」のほうにこそ「難色を示す」のが妥当だと思うが、しかし私はミック・ジャガーのこういうところは好きである。これもポールとは違った意味で、さすが、というほかない。
●「やりすぎ新年会」を観ていて思わずアッと叫んでしまったが、リットン水野氏は今年47歳になられるのですね。47か…。
紛失について
 昨年、書こうと思っていたことを断念したり、あるいはすっかり忘れてしまったり、ひどいときには、前フリをしていながら結局書かず仕舞いに終ったことが実はしばしばありました。これはいかん、人生は短く、書く時間は限られている。書くべきことは、いやたとえ書くべきことでなくても、「書けること」はその都度書いていくべきで、たかがブログに妙な倫理観を寄せるのは馬鹿げているけれども、しかしなるべくそのように書いていきたいと私、思っているのであります。

 よって昨年し損ねたことを。「三好達治」と題された随筆/作家論の全文を掲載し、小林秀雄のユーモアの質の高さを世に問うてみる。

* *******************************

「三好達治」 小林秀雄

 三好達治から「夜沈々」という随筆集を貰い、面白く読んだ。どれもいかにも正確な感じのするいい文章だが、特に「小動物」と題する文がよかった。
 その中の一つで、蛙を呑んだ青大将の尻尾を踏んずけて、折角呑んだやつを吐き出させる話を書いている。尤もこれは彼がやろうと思ってやった事ではなく、何を考えて歩いていたのか知らないが、散歩している途中の或る一歩が、偶然蛙を呑んだ青大将の尻尾の上に乗っかり、彼がぼんやりそうしていると、意外にも食物は蛇の腹を逆に動き出し、外に出ると蘇生して、二匹は又別々に暮らさねばならぬ様になったのであるが、彼は一寸得意な気持ちであったと言っている。実に尤もな気持ちで、何んだかおかしくて堪らなかった。
 しかし、そんなのは例外で、彼がその好きな「小動物」に関して得意になり損なった経験は、恐らく枚挙に暇がないのであって、鎌倉に来るともうすぐ失敗している。彼は自分で書かないかもしれないから、一例として挙げて置く。或る日、どうしても行かねばならぬ様子で伊豆の湯ヶ島に行ったが、やがてお玉じゃくしを五六匹壜に入れて帰って来た。ガラスの金魚鉢に水を張り、中央に、ただ砂利を大きくした様な変哲もない石をしつらえ、こいつ等は必ず河鹿(かじか)になると大騒ぎであった。見たところ別にそこいらにいるお玉じゃくしと変りがないじゃないか、というと、いや、これを採集した山は下等な蛙なぞ棲めぬ川だ、と言う。まことに薄弱な根拠なのだが、彼の確信を支えるには足りる。
 その後、訪ねる毎に、お玉じゃくしの肥り具合を見せられた。これも彼の確信に依るのだが、お玉じゃくしの食料は、食パンに限るそうで、金魚鉢にはいつも、お玉じゃくしには凡そ不似合な大きな食パンの切れが浮いていた。そして隣の犬がパンを狙うので油断がならぬ、と彼は言っていた。
 隣というのは佐藤信衛の家で、これは哲学者だから、お玉じゃくしなぞ眼中にない。その代り犬は非常に可愛がっている。何の取柄もない平凡極まる駄犬であるが、取柄のある様な犬はつまらぬというのが彼の説で、無芸大食の愛犬が、隣のお玉じゃくしの食料を失敬する一芸あるを発見し、彼は、おや、そうかい、失敬、失敬と三好に嬉しそうに言った。
 或る夜、佐藤の家で大岡と三人、取り止めもない話をしていると、三好が金魚鉢を抱えてやって来た。遂に河鹿の子になったと言う。見ると小豆粒ぐらいなのが、石の上にとまっている。仔細に見ると成る程蛙ではあるが、誰も格別異色ある蛙とは認めなかった。そこらの蛙なら動作がこうは敏捷に行かないのだと、濡れたのを畳の上に置いたり、掌の上に乗せてみたりしたが、蛙は何んとなくぐったりした様子であった。
 帰りがけに、三好は、河鹿の網籠を買うと言って、僕等を送って来た。彼は背中の出来物を切開したばかりで出歩くのはよくないのであるが、河鹿の夢に憑かれたあんばいで、鳥屋を二軒、金物屋を二軒聞いて歩いたが、生憎売っていない。彼は残念そうにニヤニヤ笑い、僕はというと、どうせエボ蛙に化けるなら金魚鉢より河鹿の籠の中で化けて欲しいと思っていたので、これも恐らく残念そうな面持ちでニヤニヤした。何はともあれ、生ま暖い海風が吹いて、何んとなくおかしい様な妙な気持ちの夜であった。
 その後、お玉じゃくしは食パンで二匹蛙になった様子であった。一匹は女中が座敷を掃いている時、偶々畳の上にいたらしく、埃と一緒に庭にけし飛んだ、と三好はいまいまし気に説明したが、あとの一匹は何となく逃げ出したそうだ。これは蛙になると食パンを食わず、生きた蚊をやるのが種々技巧を要し、ごたごたしているうちに隙を見つけたらしいと言う。蛙の動作が敏捷だった為か、三好の動作が敏捷を欠いた為かどちらか知らないが、話が不得要領に終って了って読者はさぞ残念であろうと思う。

*******************************
 「話が不得要領に終って了って残念」どころか、これほど要領を得た結末がありうるでしょうか。
 そう、つまるところ「なんとなく逃げ出す」のです。なんとなく失せるのである。我々にとっての河鹿だって、いつ「なんとなく逃げ出す」か分かったものではないと付け加えれば、おそらくこの一編の良さを損なう以外の効果はないかもしれないけれども、しかし冒頭の「書こうと思っていたことを忘れる」などというのも、結局ここに収斂される問題なのだと思います。「紛失」はいつも非・意味であり、その理不尽さは僕にとって換えがたいユーモアです。たとえば「喪失」などと言い換えれば直ちに失われてしまう、単独的な、かつ広がりのある概念です。
十日戎で
 本戎ということで、嫁と行ってきまして。
 当たり前ですが大変な混みようで、前後左右の人と密着するような状態のなか、「いらいらするのは簡単なことだよ」という言葉を反芻しながら、私はにこやかに難波CITYから境内へと歩きました。
 途中ふと横を見ると、ドン・フライを思わせる険しい顔のオッサンが一人いて、その脇でオバハンが袖にしがみつくように寄り添い、そしてまた、オバハンの安っぽいダウンジャケットの裾にしがみつくようにして、小さな女の子が歩いていました。
 三人ともに深刻そうな、あるいは不安そうな顔をしていました。こんなところに小さい子を連れてきたら大変でしょう。しがみつく手に自然と力は籠もります。
 けれども、この幸薄き親子(知らんけど)に同情してばかりもいられません。なぜならオッサンの指には煙草が挟まれていたから。
 前の男の背中とは10センチ弱のスペースしかないところで、オッサンは窮屈そうに煙草を構え、そしてその窮屈さに苛立つように険しい顔をしています。言葉の用法として怪しいですが、その表情からは「逆ギレ」という言葉が浮かびました。
 それにしても、なんとまあマナーの悪い男でしょうか。かような凄まじき人込みのなかで煙草を吸うかね普通。この幸薄きインモラリストのクソ度胸と言おうか、ヌケヌケとした態度には実にホレボレ、もといヘキエキしました。
 私の感じでは、こういうことをするのは決まってオッサンです。この時期いつも新成人の大暴れが話題になりますが、彼らは自治体の長を殴るかもしれないけれども、ではこの状況で煙草を吸うかといえば、おそらく吸わないと思います。
 オッサンのマナー違反は、何か常にヌケヌケとしている。
 その極みというとアレですけれども、ようやく私が神社の南門にたどり着いたとき、そのまさに南門の傍らで、一人の小汚いオッサンがなにやら立ち往生していました。
 見ると、オッサンはリード(犬などを散歩させるときに用いるアノ紐ですね)を握って四苦八苦していて、なぜならリードの先でフェレット(イタチの仲間)があちらかと思えばこちらに、縦横無尽にはしゃぎ回っている。

feretto[1].jpg


 フェレットというのは外で散歩させるものなのかどうか私は知りませんが、これはご覧のように足が短いですから、上から見ると巨大な毛虫のような、ただこんもりとした物体が地を這うように暴れていました。オッサンはやはり険しく、必死の形相でフェレット(クドイようですがイタチの仲間)の動きを制していましたが、どこぞの土の上で転げ回ったか知らないが、なぜかドブネズミのように泥まみれになったこのイタズラっ子は少しも休まず、人懐っこい顔をキョロキョロと左右に振りながら、奔放に動き回るのをやめないのです。
 おかげでリードが押し寄せる参拝者の足に絡まりそうになったり、あるいは参拝者が危うく“こんもり”を踏んづけそうになったりで、門前はしっちゃかめっちゃかになっているのでした。
 私はと言えば、そのリードをスイと越えて門をくぐりました。フェレットのリードを、スイと越えたのでした。
年初の雑記
●皆様、あけましておめでとうございます。部屋に正体不明の虫が大発生して、いよいよ引っ越しを迫られるという初夢を見ました。本当に、おめでとうございます。
●昨年末、嫁が風邪を引きまして、私は大変いやな予感がして「おい冗談はやめてくれ。こんなときに風邪を引くとはおまえどういう魂胆や。どうせじきにワシに染って、みんながメデタイメデタイ言うてるときに、ワシ一人コホンコホン言わなあかんのか」と詰ったが、嫁はマスクをしたまま無言であった。果たして、見事嫁の風邪は治り、私は1月3日から風邪を引いているのだった。
●元旦に実家へ電話をすると、帰省した姉を加えた家族全員で今「俳句大会」をやっている、という。新年早々アッパレなハシャギっぷりである。屈託のない代りにセンスも才能もない大人が揃いも揃って、たいして見所のない句を、ああそれはいいなあとかよく出来ているねなどと誉め合う光景は、病床の体にはストレスが多すぎる。帰省しなくてよかったとしみじみ思いました。
●2日と3日、箱根駅伝を完全に観てしまいました。おめでとうございます。箱根の山登り(5区)に3年連続で挑んだ今井正人君の快走はすごかったですね。この選手、平地では歯が立たない相手を山に入ればコロッと負かしてしまう。過去2年間、圧倒的な強さを見せてきた彼に対して、山の鉄人、山の超人と称揚を惜しまぬ実況の男。しまいには、山の神ここに降臨す、と言った。もしこれが、石鎚駅伝とか大峰駅伝であれば(そんなものがあるのかどうかは知りませんが)確実にクレームがきそうな実況であるが、実際それほど強かったのである。学生のブンザイで、いや人間のブンザイで山の神と呼ばれるとは、なんて羨ましい男だろう。
●その箱根の沿道で小旗を振って応援する者のなかに、携帯で喋りながら車道へ出て中継車のカメラにアピールするなど、少々茶目っ気が過ぎた者がいたようだ。もちろんこうしたことは今に始まったことではなく、箱根駅伝の開催は今年で83回を数えるというが、いつからか大会の歴史と並行するように「沿道でチョける」という伝統も脈々と受け継がれてきたのである。もしかしたらそれが年始の恒例行事と化している輩もいるかもしれない。この蛮行を見苦しいといって批判したい人はすればいいと思うが、それが伝統的だということを軽く見てはいけないと思います。
●だが、ここに次のような人物がいるとする。この人物は箱根駅伝が好きである。心から選手を応援したい。沿道の最前列へ出て、思い切り小旗を振って声援を送りたいとかねがね思っている。だが彼はすぐにその願望を打ち消すのである。自分が小旗を振れば選手諸君に迷惑がかかるのではないか。選手の脇でバッサバッサと小旗を振れば、選手の走行に支障をきたすのではないか。少しでもその可能性があるなら、やめるべきではないか。結果、いつも彼はすごすごと後退し、人垣の影に隠れて慎ましげに小旗を揺らしているだけである。そのため声援を届けられないばかりか、大好きな駅伝選手の姿をすら一度も見たことがない。
●ところで、彼のこうした思惑を誰が知っているだろうか。人垣を為す群集は彼など歯牙にもかけない。選手は、彼の思いとは無関係に走りすぎるばかりである。無論テレビカメラもチョけた若者も、山の神だって知る由もない。誰も見てやしない。しかし、だからといって、かかる気高い魂がこの世に存在しないことにはならない。それは確かにあるのである。
●と、己に言い聞かせつつ、少しでもこのブログに彼の魂が宿るよう(なんやそれ?)、今年1年書いていこうと思いますので、皆様よろしくお願い致します。

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。