out-of-humor2
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春よ来いの…
春よ来いの元気な合言葉で 
   「急行夕張」ただいま発車
      全速力で走ります

(皆さんの辟易感は僕だって重々分かっています。が、僕ひとり辟易するのはどうにもシャクなので、クリックしてお付き合いください)

イオンド大学について、興味のある人は調べてみてくださいね。
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雑記3/27
http://www.1101.com/sensha/2007-03-20.html
うーむ。この「何も分かってなさ」。やはり田中はすごいですね。この句が昨今のスピリチュアルブーム(?)を横目で捉えながら書かれているのは明白でしょうが、そんなことはどーだっていいことです。
●嫁がトイレにいったほんの数分の間に、かつて(ダウンタウンの)マネージャー岡本はブリーフ一枚で猫を抱いていたなと何故だか分からないがふと思い出し、独りいそいそと服を脱いで上半身裸で猫を抱いてみる。が、鏡で見るとたいして面白くもなく、嫁が出てくるまで抱いているつもりが急速に気持ちが萎えてしまって、猫の体を支えていた腕をゆっくり傾けて着地を促す。
 猫は鳴くでも引っかくでもなく、何事も無かったかのようにトンと床に降りた。
ゴルフ狂正伝「sezonnoonna」
 ゴルフ屋に勤める随分前の話。Kさんは、確かセゾンだったと思うが、カード入会勧誘の仕事をしたことがあるという。
 勧誘といってもセゾンカウンターのあるショッピングモール内でパンフレットを配るだけの仕事だが、そのとき発生した次の事件を、僕はもしかすると当事者であるKさん以上に「際どい話」だと思っている。
 
 カウンターの隣に小部屋があり、そこで大まかな業務内容を聞かされ、いよいよ働く段になって、ではこれに着替えてくださいと「可愛いセゾンの女性社員(Kさん談)」にTシャツと綿パンを渡された。女が退出したのち、Kさん、Tシャツを手に取り広げてみると明らかに小さい。サイズを見るとMだとある。が、「一般的なMサイズより確実に小さかった(Kさん談)」。
 
 そのころ既にKさんは押しも押されぬデブであったので、これはさすがに小さすぎはしまいかと不安に思いながら、おそるおそる首を通した。
 結果、乳や腹のだらしない脂肪の盛り上がりにピッタリと、非常にボディコンシャスな、全身タイツの如きテイストでTシャツは地肌に密着し、しかも裾を引っ張れども腹が隠れぬという有様。

 5分後にカウンター前に集合してくださいと可愛いセゾンの女に言われていたので、Kさん慌てに慌てて、少しでも生地を伸ばそうと裾から袖から首周りから、あらゆる部分を引っ張るなどしてアガいてはみたが、腹も隠れぬほどの極小Tシャツがそう易々と大きくなるはずもない。(綿パンは最上部のボタンこそ通らなかったが、これほどのチンチクリンはあるまいと思われたTシャツに比べればまだしも尋常であった)。
 
 さらに運の悪いことに、その小部屋というのが「死ぬほど暑かった(Kさん談)」。文字通り、これは致命的だった。己の服のあちらこちらをせわしなく引っ張っていると、そのせわしなさが災いしてか途轍もない発汗量で、また、間もなくこの姿で可愛いセゾンの女の前に参上せねばならんと考えれば、そのプレッシャーでさらに発汗は促進された。

 ついには、まだ働く前だというのに頭皮からの汗で前髪はまばらな束状になり、眼鏡は曇り、そして何より悪いことには、最前借り受けたTシャツをものの数分でビチョビチョにしてしまい、乳首や腹の毛といった「見られたくない部分(Kさん談)」が、そうしたKさんの切ない宿願とは正反対にクッキリと透けて浮かび上がってしまっていた。
 
 周りでは、着替え終えた者がどんどん退出し、カウンター前に整列してゆく。とうとうKさん一人が残された。もう行かねばならない。意を決して、Kさんは小部屋を出た。

 温泉で女がするように胸を手で隠したり、若干ハスに体を構えたり、あるいは微妙に後ずさりして他の者の影に身を置くなどして、Kさんはセゾンの可愛い女の話を聞いた。それから「ではお願いします」と可愛い女が可愛く張り上げた声を合図に、三々五々他の者が散っていくなか、Kさんはひとりもじもじと佇んでいた。合図を済ませ、キビスを返したセゾンの可愛い女の5メートルほど後方で、ビショビショに濡れた水辺の妖怪のような小デブ男は、まだ佇んでいた。
 
 だが、やがて決然とKさんは一歩前に出たという。
 前に出て、自分の胸を、あるいは自分自身を指差し「これでいいすか?」と言った。しかしこの声は届かなかった。カウンターの奥には5、6人のセゾンの女たちがめいめいデスクに向かってなにやら作業をしていたが、誰にも届かなかったという。そこでもう一度、

「これでいいっすか!?」

 とKさんは強い調子で言った。
 
 全員が振り向き、Kさんを見た。初めは何事が起きたか状況を掴めぬ様子であったセゾンの女たちの顔が、数秒のちにはみるみる曇った。あの、可愛いセゾンの女がKさんの全身を冷たく見定めながら歩み寄り、一瞬言葉を詰まらせたが、「…あ、はい」とだけ言い、あまり近寄りたくないというような素っ気無さで、すぐにカウンターの奥へと引き返した。
 
 その後、Kさんのほうも逃げるようにその場を立ち去り、そのまま数時間に渡って入会勧誘を続けたが、言うまでもなくそれは失敗に終った。一人の入会者も斡旋できぬどころか、ろくに話も聞いてもらえなかったという。
 
 ところで、あの瞬間、セゾンの女たち全員の蔑視にさらされるなか、自らが吹き上げる蒸気により白濁したレンズの奥でKさんが何を見据えていたかというと、全員の女の顔を見ていたのだという。
「みな可愛かったですわ」とKさんは言った。
またか…
 ドクター中松が都知事選に出るらしい。桜金造も、おそらく出るのだろう。
 この数ヶ月、都知事選ではさまざまな人間の出馬が取り沙汰され、ある者は「なんやほんまに出んのかいな」と人を微かに驚かせ、ある者は「なんや結局出えへんのかいな」と人を微かに落胆させたわけだが、そんなご時世にこの男が何を考えていたか、まずは全文を引用してみよう。
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【羽柴秀吉最新コメント 3月9日】

石原を見るときに、
浅野を見るときに、
真剣に都政を考えているとは私にはどうしても思えない。
所詮石原は自分のことばかり考え、浅野は口先ばかりで唱えているだけではないか。
羽柴秀吉が上洛して是非戦いたい気持ちは95%あるものの、いま私の心に迫る言葉は家内からの言葉だ。

「夕張ではお年寄りが病院にも行くことが出来ない程苦労している。また職がなく夕張市民は苦しんでいる。これを助けるのがあんたの役目じゃないのか。私財を投じて救う価値があるのは夕張ではないのか」との言葉。

夕張のお年寄りを見ていると、私の両親の姿が重なってくる。これまで子供たちを育て町を守り続けたお父さんお母さんが、病気になったときに病院にも行くことが出来ないようなところがあっていいのだろうかと。

行政の失敗でそのしわ寄せがその市民、特に弱い人々に行く。おかしいではないか。ここにこそ私の出る意味があるのではないだろうかと。

どうせ私財を投げ込むのなら、本当に苦しく必要なところに、ではないだろうか。

私の心は未だに揺れ続けている。

優柔不断と人は言うかもしれない。私は日本を変えるならば、大阪、東京だと信じている。しかし、いま必要なのは日本という大きなところではなく、皆から忘れ去られてしまっているような小さな町の、そのもっとも弱い方々を救うことではないだろうかと。
(文中太字は筆者による)
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 夕張市が果たして「皆から忘れ去られてしまっているような小さな町」かどうか僕は関知しないが、この時点で秀吉公は「東京or夕張」のどちらに出陣すべきか悩んでいたというのである。しかし「上洛して是非戦いたい気持ちは95%」というものの、どうも気持ちは夕張に傾いているように受け取れる。
 それもそのはず、この最新コメントより3日前の3月6日には次のような記事が出ていた。全文を引用する。
 
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 私財200億円「羽柴秀吉」夕張市長選に殴り込み

「羽柴秀吉」を名乗り、東京や大阪の知事選など数々の選挙に立候補してきた青森県五所川原市の会社経営、三上誠三氏(57)が今度は、財政難に苦しむ夕張市長選(4月22日投開票)に無所属で出馬する意向を固めたことが6日、わかった。
 5日朝から夕張市に乗り込み、観光施設などを視察した三上氏は、夕刊フジの取材に「自動車でいえば、どこかが壊れている。一度、車検に出して新しい部品を入れ、まず走れるようにしなければ」と意欲を見せた。
 さらに、「私財200億円のうち、半分使ってもいいと家族の許可を得てきた。今回で12回目の選挙になるが、あとは住民のムード次第」と話しており、同日夜に最終決断するという。
 この日、菅義偉総務相に「財政再建団体」移行を正式に認められた同市だが、“秀吉出陣”で状況は変わるか。
(文中太字は筆者による)
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 自民党総裁選のように一定数の推薦人を必要とするような選挙を別にすれば、「選挙人のムード次第」で出馬を決定するというようなことを明言した人を僕は寡聞にして知らないが、しかし「私財200億円のうち~」という発言からも分かるように、本人のやる気は相当なものだ。となると「私の心は未だに揺れ続けている」とはポーズに過ぎず、夕張市長選出馬は割と早い段階からの“既定路線”だったのではないか。
 しかし、3月15日の東奥日報には、このような記事も出ている。全文を引こう。
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三上氏が知事選出馬を取りやめ

 県知事選に意欲を示していた五所川原市の会社役員三上誠三氏(57)は十五日、出馬を取りやめることを明らかにした。
 県知事選のほか、財政再建団体に移行した北海道夕張市の市長選や、東京都知事選への出馬を模索してきたが、三上氏は「自分の力で(行財政運営などを)立て直すなら、夕張のほうがやりがいがあると思った」と話した。
(文中太字は筆者による)
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 要するに、どうやら青森県知事選と東京都知事選と夕張市長選の3者択一で悩んでいたが、現在は夕張に限りなく気持ちは傾いている。と、そういうことだろう。
 ちなみに冒頭の最新コメントで、なぜ青森県知事選については一言も触れられていないかに関してだが、これも僕の知るところではない。
雑記3/18
●魯迅「阿Q正伝」の中の名シーン。「ごくごくみすぼらしい奴で痩せ衰えていた」小Dと阿Qの「竜虎の戦い」をまずはどうぞ。
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 幾日かのあとで、彼は遂に錢府(せんふ)の照壁(衝立(ついたて)の壁)の前で小Dにめぐり逢った。「讎(かたき)の出会いは格別ハッキリ見える」もので、彼はずかずか小Dの前に行(ゆ)くと小Dも立止った。
「畜生!」阿Qは眼に稜(かど)を立て口の端へ沫(あわ)を吹き出した。
「俺は虫ケラだよ。いいじゃねぇか……」と小Dは言った。
 したでに出られて阿Qはかえって腹を立てた。彼の手には鉄の鞭が無かった。そこでただ殴るより仕様がなかった。彼は手を伸して小Dの辮子を引掴むと、小Dは片ッぽの手で自分の辮根(べんこん)を守り、片ッぽの手で阿Qの辮子を掴んだ。阿Qもまた空いている方の手で自分の辮根を守った。
 以前の阿Qの勢(いきおい)を見ると小Dなど問題にもならないが、近頃彼は飢餓のため痩せ衰えているので五分々々の取組となった。四つの手は二つの頭を引掴んで双方腰を曲げ、半時間の久しきに渡って、錢府の白壁の上に一組の藍色の虹形(にじがた)を映出(えいしゅつ)した。
「いいよ。いいよ」見ていた人達はおおかた仲裁する積りで言ったのであろう。
「よし、よし」見ている人達は、仲裁するのか、ほめるのか、それとも煽(おだ)てるのかしらん。
 それはそうと二人は人のことなど耳にも入らなかった。阿Qが三歩進むと小Dは三歩退(しりぞ)き、遂に二人とも突立った。小Dが三歩進むと阿Qは三歩退き、遂にまた二人とも突立った。およそ半時間……未荘には時計がないからハッキリしたことは言えない。あるいは二十分かもしれない……彼等の頭はいずれも埃がかかって、額の上には汗が流れていた。そうして阿Qが手を放した間際に小Dも手を放した。同じ時に立上って同じ時に身を引いてどちらも人ごみの中に入った。
「覚えていろ、馬鹿野郎」阿Qは言った。
「馬鹿野郎、覚えていろ」小Dもまた振向いて言った。
 この一幕(ひとまく)の「竜虎図」は全く勝敗がないと言っていいくらいのものだが、見物人は満足したかしらん、誰(たれ)も何とも批評するものもない。
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 僕はこれを大笑いしながら読んだ記憶があるが、今考えれば、僕はこのシーンの凄みを真に理解していなかった。別言すれば、この話の中を生きていなかった。これを観てしまった以上、そう思えてならない。↓
http://www.youtube.com/watch?v=YMSCKZROWYI
http://www.youtube.com/watch?v=l_8XKWadlIE
http://www.youtube.com/watch?v=1cZ-i8Po4oY
http://www.youtube.com/watch?v=UOcTxwaAsOY

 これを「平成の竜虎図」と言わずして何と言おう。辮髪(べんぱつ)がネクタイとストラップにすりかわっただけだ。
 それにしても、他人のケンカを客観的に眺めるとき、どちらかに肩入れしたくなるのが人情というものですが…。
●田中が落ちた…。
 といってもなんのことやら分からないでしょうから、順番にご覧ください。
http://www.1101.com/sensha/2007-01-30.html
http://www.1101.com/sensha/2007-02-06.html
http://www.1101.com/sensha/2007-02-13.html
http://www.1101.com/sensha/2007-02-20.html
http://www.1101.com/sensha/2007-02-27.html
http://www.1101.com/sensha/2007-03-06.html
http://www.1101.com/sensha/2007-03-13.html 
 僕は密かになんとか合格してくれと祈っていたのですが、最悪の状況になってしまった。これからどうなるのか。更新はおそらく明後日です。
ゴルフ狂正伝「ボディービル頭」
「中古クラブシーンの三島由紀夫」こと三島は(ゴルフ狂正伝「三島を煙たがる」ゴルフ狂正伝「三島の疑惑」参照)、2006年の3月末に入社し、5月初旬に辞めたので、勤務期間は正味1ヶ月と数日にすぎなかった。しかしこの期間の短さを鑑みればまずまず良い仕事をしたと思える程度には、阿呆な逸話をいくつか残している。

 市内城東区の実家から枚方まで徒歩で通勤(!)するということ自体、僕には信じられない話だが、彼はこともなげに次のように言っていた。
「いやいや結構近いんですよ。絶対akaさんが思ってるより近いですよ。僕ほんとはね、もっと早く家出てね、枚方のどっかのプールでひと泳ぎして、サウナ入って、で、汗流してから出勤したいんですよ。いずれやりますよ、それは。いずれね」

 また、一度ふとしたことで腹筋についての話になり、「正しい腹筋運動のやり方知ってますか?」と聞くので知らないと答えると、ほんの数分前まで肩をすぼめて仕事の愚痴をこぼしていたとは思えぬ驚くべき快活さと俊敏さで、颯爽とバックルームへ僕を導き、ロクに掃き掃除もしていないコンクリートの地べたに躊躇無く寝転んで、いそいそと腹筋の準備を始めた。
「正しい腹筋運動のやり方」とは、一口に言ってしまえば、30センチ高ほどの台に足の先を乗せ、仰向けの体勢から極めてゆっくりと体を起こすというものであった。しかしそのときはあいにくバックルームに手ごろな台が見つからず、三島の唐突な「動き出し」の機敏さに呆気に取られた僕を尻目に「ま、今回は台がないんでちょっと邪道やけど」と独り言を漏らしたのち、合いの手(?)ときれぎれの吐息の入り混じった、気色の悪い、しかし奇妙な迫力を備えたインストラクションが始まった。

 じっくりじっくり、恐ろしくじっくりと上体を始動させ「これっ」、45度角まで「こういう感じっ」体が来て「分かりますっ?」、90度角まで来「このくらいのスピードっ」、また起こすときと同様の遅さで体を倒していきながら「帰りもっ」、倒しながら「これっ」、とにかくゆっくり「こういう、ねっ」倒しながら「このスピードっ」、背中が地べたにふれる寸前で体を止めて「ここで停止っ」、しばらく止めて「ここで停止ぃ…」、みるみる顔が紅潮し「フッ!」、頬の肉を痙攣させながら、

「維持っ!、維持っ!」
 
 そしてまたゆっくりゆっくりと体を起こしていくのである。
 ここまで見たときレジカウンターに客が来て、僕は仰向けで45度ほど体を起こした三島をうっちゃって中座したため、腹筋の実演レッスンは終ってしまった。
 そして、
「分かりました?。あれくらいのスピードでやらないと駄目なんですよ」 「はぁ」
「これをね、1日10回でいいんです。毎日やれば効いてきますよ
「ふーん、それなら俺でもできそうですね」
「いやあ、でも実際やれば分かりますけど、結構キツイっすよ」
「まあでも、やれば少しは腹も引っ込みますかね」
「下半分だけですけどね」
「下半分だけ?」
「あれは腹筋の下半分用の運動ですからね、上半分用はまた別にありますからね」
「ふーん」
 と、ここでまた客が来て、残念ながら「上半分用の運動」とやらをご教授いただけずに終ったことは、今となっては悔やんでも悔やみきれない。
 ところで「維持っ!、維持っ!」と鋭く叫んだ彼の勤務期間が僅か1ヶ月に過ぎなかったということは少しもおかしいことではない。昔、いみじくもスチャダラパーが「ゲームだけには見せるガンバリ」と喝破したように、人間誰しもある特定の事柄にのみ発揮するコラエ性を持っている。三島の場合、それがボディービルだったというだけだ。単にそれだけの話である。
雑記3/5
「村八分」
 怖いですね。
 こういう話のアナクロニズムを笑うのは簡単ですが、僕らのいる「現代」とやらだって、この村と地続きやないかという気がどうしてもする。
 イジメ問題などを挙げるまでもなく、です。
 昔、某社会学者が、若者が家族や地域コミュニティーから離れ、ストリートやクラブといった場所、彼の言葉で言うなら「第四空間」に流出するという話を、(それが戦略であったにせよ)素朴と思えるほど肯定的に語っていた時期がありますが、そのようないかにも「現代的な」コミュニティーにすら上のような話は当然ありうるし、さらに言うならば、いかにも「現代的な」コミュニティーだからこそ、それがより醜悪に映るということもあったかと思います。ああ嫌だ嫌だ。
●いよいよ、といってはなんだが、うちのゴルフ屋が3月末日をもって閉店することになった。「ゴルフ狂の時代が、僕のなかで幕を下ろそうとしている」と書いてから1年あまりだが、この時間の経過は早すぎもしなければ遅すぎもしない。したがってほとんど感慨は無い。単に、今の事態に対応せんとする気持ちがあるだけだ。事実として現在店では粛々と閉店セールをやっているし、それでまったく構いはしないと思う。ゴルフに狂った皆さんともこれでお別れかと思うと、寂寞の情がないでもないが、しかし私の惜別表現はきっと「書く」という以外の形をとらないだろう。つまり今まであまりのしょーもなさに書くことを躊躇っていた小ネタのいくつかを「在庫一掃」とばかりに披露することになる。だが、例の事件については…。
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