out-of-humor2
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元気があればDJもできる
 新団体「IGF」の旗揚げも非常に“らしい”ドタバタぶりですが、それにしてもこれはなんだったのだろう。↓

 アントニオ猪木:ラップで「元気ですかー!」DJにも挑戦 新曲「道」発売

 ラップはともかく、「DJにも挑戦」というのはどういう意味なのだろう。非常に気になります。

 少々意味は違うかもしれないが、伝説(?)の「引退試合」。僕は現場にいました。そして僕の感じでは、あれは相当変わった演出だった。「道」の朗読のことを言っているのではありません。挨拶から退場までの流れとして、非常に不思議な、ある種理不尽な構成だったと思えたのです。

 いまさらですがあらためて確認してみましょう。↓

 アントニオ猪木、引退の挨拶「道」

 文字に起こすとこういうことになります。

*****************

挨拶~「道」の朗読
10カウント始まる
マイクを返す
10カウント終わる
♪「運命」
花道を戻る
どんつきで立ち止まる。振り返り両手を挙げる(満面の笑み)
♪「イノキボンバイエ」
123ダー
♪「イノキボンバイエ」


*****************
 
 リアルタイムで観たときから、そして何の根拠もありませんが今でも疑いなくそう思っている一つの確信が僕にはあります。

 それはこの引退セレモニーを猪木本人が構成したのではないかということです。このセレモニーをプロの舞台監督、あるいは演出家が考えたとはどうしても思えません。誰が「運命」と「イノキボンバイエ」を繋ぐことができるでしょうか。誰が「イノキボンバイエ」を途中でミュートさせ、「123ダー」を挟み込めるでしょう。猪木しかいません
 
 というわけで僕は彼の舞監としての、あるいはDJとしての常識外れの才能を高く(?)買っていたのでした。「猪木、DJにも挑戦」。ほんとに気になります。
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雑記6/19
ミランカ「博士も知らないニッポンのウラ」にて、中森明夫が登場。初めて動く中森を見ました。いや、見たことあったかな。ま、別にどっちでもいいのですが。
衆院厚生労働委員会で桜田委員長を羽交い絞めした民主党の内山議員に、登院停止30日に。この裁定はおかしいのではないか。「手で塞ぐ」者がお咎めなしで、「羽交い絞め」が許されないとは解せない。俺が桜田委員長なら、羽交い絞めならいくらでもやられてやるが、手で塞がれるのは断固御免蒙る。やられた方の気持ちなんて関係ないのだろうが、「手で塞ぐ」っつったって、あれ、口にパンパン当たっとるからね。
とりあえずもう一回載せておこう↓

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●「横山ノックを天国へ送る会」での上岡の献杯挨拶は泣けた。こんなことを書くのは不謹慎かもしれませんが、非常に上岡らしい「芸」で、そして最後は「芸」ではなかった。それでもやはり上岡らしかった。
わるい予感
 約二ヶ月前。
 あまりにも日々ダラけていたので我ながらマズイと感じ、何か仕事でもしようと思い出した頃。丁度良いタイミングで昔登録していた派遣会社からメールがあった。コールセンターのオペレーターを募集しているという。具体的に言えば、電化製品の修理依頼を受け付け、PCに入力する仕事である。オペレーターなどやったことはないが、これも経験だと思い、研修に行ってみた。
  
 研修は二日間あった。その一日目、CSのなんたるかを叩き込まれた。オペレーターはお客様との接点であり、つまり、お客様にとっての「企業の顔」はオペレーターであるから、それを肝に銘じて対応しなければならないという。表現を少しづつ変えては何度も何度も同じことを聞かされるので非常に疲れた。そして研修を終えて電車で帰るとき、ある絶望的な光景が閃いた。もしかすると僕は知らぬ間に寝ていたのかもしれない。夢を見ているようであった。

 自分は電話の前で深刻な表情を浮かべて、祈るように両手を顔の前で組んでジッとしている。その姿はまるで子供を誘拐された男が犯人からの連絡を待つような仕草であるが、大きく違うのは、こちらでは電話がガンガンに鳴っている。電化製品が故障した怒りをぶちまけんとする有象無象の見えざるユーザーどもがその背後に透けて見える。しかし自分はジッとして動かない。ただ厳しい顔で、電話が鳴るのを「見て」いるのである。
「なんで電話に取らんのか」とある同僚のおばはんが近寄ってきて言った。
「取らんのじゃない。取れんのです」と僕は頭を抱える。「僕のように喋るのが拙い男が電話に出れば間違いなく我が企業の評判を落とすと思う。企業の顔として不適格です。雇ってくれた企業に迷惑がかかるから取るに取れんのです」
「ほな、もう辞めて帰ったらええやん」と苛立ったようにおばはんが言う。
「ところがそうもいかない。帰ったりすればこの企業に僕を紹介してくれた派遣会社の者の顔を潰してしまう。その人に迷惑がかかります。結局、どうしても僕はみんなに迷惑をかけることになる。だから僕は電話に出もせず帰りもせず、ただジッとしているしかないのです」と言って、僕はやっぱり深刻な顔で鳴り続ける電話をずっと「見て」いる。

 二日目の研修を終えた。その日は「敬語」を練習した。考えてみれば、僕はこれまで敬語なんて使っていないに等しいと思った。「分かりません」とは言うな、「分かりかねます」と言え、と教えられた。「できません」は「できかねます」と言わねばならない。研修を終えて帰る途中、僕は「できかねます」という言葉が妙に気になり始めた。そして、また絶望的な光景が頭に浮んだ。
 
 僕は電話で男に怒られている。不良品を売りつけやがって、新品に交換しろと男は怒鳴っている。ベテランのスタッフであれば立て板に水で男の論難をかわすのだろうが、何故だか僕の頭には「できかねます」という言葉以外まったく浮ばない。とにかく何を言われても「できかねます」としか僕は言えないのである。「できかねます」以外の言葉を僕は失ってしまっている。
「新品を持ってこい」
「それは…、できかねます」
「なんでやおまえ、ほな修理費タダにできるんか?」
「いえ、それもできかねます」
「それやったらおまえが弁償せえや」
 僕はついに黙り込んでしまった。そして最後にまた「できかねます」とだけ言って、一方的に電話を切った。その晩、僕は、僕の見た光景は疑いなく現実化すると感じた。一度そう思うと、時間が経つにつれますます確実なように思われた。やがて僕は派遣会社の者に電話し、この仕事は続けられないと重々しい調子で告げた。彼は、初めは誰でもそう思う。慣れれば簡単だ。それに私が電話で話している印象では、akaさんはきっとできると思うなどと慰留したが、「いや、そういう問題じゃありません。本質的に僕にはできない仕事だ」と僕は頑なに言って、もう一度「そういう問題じゃないんです」と言うなりもう一言だに喋るのを止めた。
 

雑記6/8
http://www.youtube.com/watch?v=XN8rZd7mGWs 
お、浅草三社祭の動画が。
●カメラマンI氏に借りた「初期のいましろたかし」が相当面白い。僕は例えば、新世界をうろつくオッサンとか、小汚い自部屋に籠るオッサンの生態を描き、それによってなにか人間の深淵に迫ったかのように見える作品に対して、理解はするもののあまり共感できません。「なるほど」とは思うけれども、ただそれだけのことです。(こういう作品を僕は『なるほど系』と呼ぶ)。一口に言って、その方法はイージー過ぎると思うからです。柳田國男が田山花袋「蒲団」を汚らしいと評した気持ちを思い出します。白状すると、僕は「初期のいましろたかし」を読みだした当初は「なるほど」としか思わなかった。しかし、これは明らかに僕の早合点だったようです。なんやかんやと忙しくて、まだ全部読んではいませんが、この人は相当すごいと思います。今更ですが。この人については、いずれまた書くかも。
●関テレ「あるある」問題を再考するというテーマだったのでしょうか、田原、宮崎、崔洋一らのメンツで「テレビ」についての討論をやっていました。途中、大谷昭宏が「細木や江原を追っ払いなさいよ。それが先決でしょうが。いつまであんないい加減なことやってんだ」と激昂する場面があり、ふと「大島渚のように怒っている」と思いました。単に「怒る人」はいくらでもいるでしょうが、「大島のように怒る人」はいないなあとぼんやり思いました。
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