out-of-humor2
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紙資料について~その2
 以前「紙資料」というもののつまらなさについて書いたことがあるが、珠玉の瓦礫にあるが如しで、こういう優れた例もあるということをここに報告しておこう。
 
 あるアーティストプロフィールの、その冒頭の数行を以下に引用する。

**************************

○○○○○の出身地は青森に出るのも3時間かかる下北半島。
そこから歌を歌う為だけに東京を目指すパワーは計り知れない。
実家は旅館。しかも長男。
後を継いで当然の環境の中で、親を説得し歌を志す芯の通った男である。


**************************

 一体誰が書いたのか?。
 音楽ライターが書いたとは思えない。もしそうなら、おそらく悪い意味でもっと“音楽的”に書くだろうし、それにこのなんというか、仲人が新郎を紹介するが如き、親しみのある、かつ無骨なニュアンスは生じえない。対象を頼もしげに、目を細めて見つめているような“身内の視線”でなければ、このような文章は書くことができないはずだ。だとすればメーカーの人間?。○ロンビア○ュージック○ンターテイメントさんにかかる麗文の書き手が潜んでいたとしたら驚きであるが。

 簡潔にして野性味溢るる名文。そして忘れてならないのは、これが実に絶妙なバランスの上に成り立っているということだ。疑うなら、試みに結語を丁寧体へ変えてみればよい。「芯の通った男です」「芯の通った男であります」。たったそれだけのことで、もう台無しである。書き手の鼻持ちならないニヤけ顔がバレてしまう。

 実家の家業や続柄を開けっぴろげに述べ(この時点でアーティストのプロフィールとしてはラディカルである)、ともすれば「他に書くことないんか?」あるいは「『パワーは計り知れない』どころか、そんなのよーある話ちゃうのか?」といった邪推を引き起こしかねない微妙な事案を、「芯の通った男である」と強引にねじ伏せる筆力、腕力は如何ばかりか。それこそ計り知れないパワーである。

 それにしても「芯の通った男である」とはふるっている。男なら誰でもそう言われたいし、またそんな男に会いたいものだ。事実僕もそう感じて、胸躍らせて取材に向かったのである。「芯の通った男である」。あーたまらん。何度でも書きたい。「芯の通った男である」。「親を説得し歌を志す芯の通った男である」。あー素晴らしい。
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後先
 すっかり“普通の”クイズ番組となってしまった「Qさま!!」であるが、惰性でなんとなく見続けている。

 ある日の社会の問題で、歴史上の人物の写真(絵)が10枚出て、それを見て人名を答えろというのがあった。
 番組を見ている人は分かると思うが、写真(絵)には1~10までの番号がふられており、番号が大きくなるほど難易度があがる。
 その6番か7番か忘れてしまったが、加藤清正の肖像画があった。
S.jpg

(確かこういう絵であった)
 僕は意気揚々と
「加藤清正っ!」と答えた。
 嫁はなにやら一心に画面を見つめていた。
 そしていざ解答者が答える段になり、誰だったかこれまた忘れてしまったが、6番だか7番だかを選択し、「加藤清正」と書いた。正解であった。当然のことだが、僕も正解していた。
 ここまでは何の面白味も無い話だが、次の嫁の発言に僕はかちんときた。
 嫁は画面に向かって、「加藤清正」と答えた奴に向かって

「すごい!」と言った。

「『すごい!』ってお前、別にすごないやん。第一、加藤清正って俺言うたがな。こいつがすごいんやったら俺が言うたときにすごいって言わなあかんがな」
「………」(嫁無言)
「俺も正解しとんねんから、俺にも『すごい!』って言うてくれなあかんがな」
「言うてない」
「は?」
「加藤清正なんて、あんたは言うてない」
 嫁のこの信じられない言葉に僕は愕然とし、そして逆上した。
「言うたやん!。『加藤清正っ!』って俺言うたやん!。なんで!?、俺はっきり『加藤清正っ!』って言うたがな!」
「………」(嫁無言)
「言うた。絶対に言うた。お前、なんで聞いてないかなあ。俺答えてるのになんで聞いてないかなあ」
 しばらく無言であった嫁がようやく口を開いた。それは僕にとってさらに信じられない言葉であった。

「後(あと)で言うた」

「後(あと)で言うた?。後(あと)ってなんやねん。なんの後(あと)で言うたんや。後(あと)で言うたりするかいな。先に言うとるやないか。誰が後(あと)で言うたんや」
 嫁はもう次の問題を考え始めていた。僕ひとり興奮していた。
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