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沖ちゅうのオッサンに捧ぐ
 西成区を南北に貫通する国道26号線沿いに串カツ屋「沖ちゅう」がオープンしたのはおそらく3年ほど前だったが、実を言えば僕はその当時から確信があり、1年ともたず潰れると思っていた。

 そもそもこの一帯はひと月前酒屋だったものがもうラーメン屋になり、できたてのビデオ試写室がスナックに変わり、お好み屋が自転車屋に突如姿を変えるというような土地で、一口に言って商売をするにはあまりにゲンの悪いエリアだった。
 繁盛を夢見た出店者は、国道沿いだ、客が集まると期待もするだろうが、その考えは大甘なのである。

 例にもれず「沖ちゅう」も開店直後から苦戦を強いられた。
 外から伺い見ると、いつも狭い店内に客はほとんどおらず、5、6人の店員ばかりが所在無さげにうろついている光景は空寒いものがあり、そんななか経営者であるらしいスーツ姿の中年男が、うなだれる老店員に熱を帯びた接客指導を行っているのを見たときには、人事ながら何か居たたまれない思いがしたものだ。
 おそらく、その経営者の指示だったのだろう。手を変え品を変え行われた売上向上策もことごとく奏効しないばかりか、苦しい台所事情を象徴しているようで痛々しい限りであった。日に日に「親子丼はじめました!」「タコ焼きはじめました!」「おでんはじめました!」と拙いポップが張り出されたが、メニューの増加に売上が比例したか、どうか。甚だ怪しいと言わねばならない。
 
 しかし、唯一僕がひどく心を打たれた策があった。
 いわゆる「呼び込み」、当世風に言えば「キャッチ」である。
 それ自体まるで珍しくもないだろうが、何しろ演者が良かった。
 細く鋭いディストーション系の声を持つこのオッサンのパフォーマンスを初めて観たとき、その衝撃を僕は今でも覚えている。
 背が低くガリガリに痩せた体を左右にゆっくりと揺らしながら、キャッチワードに独特なるメロディーをつけ、彼は歌っていた。

 イラッシャイマセハイドウゾ(いらっしゃいませ はいどうぞ)
 オキチュウノクシカツデイッパイノンデ(沖ちゅうの串カツで一杯飲んで)

 これが「サビ」あるいは「フック」に当る部分で、平板な旋律の終わりだけをいやらしく跳ね上げるこのメロディーは浪曲のようにもレゲエMCのフロウのようにも聴こえ、なんとも気持ち悪く、僕は瞬間的に顔をしかめたほどだった。
 だが気持ち悪いメロディーは喉につかえた小骨のように残る。
 次第に、僕が何度も繰り返し聴かずにはおれぬ気分になったとして、なんの不思議があるだろう。
 またこのサビに続けて、

 キョウノツカレヲイヤシテ(今日の疲れを癒して)
 アスノエイキヲヤシナッテ(明日の鋭気を養って)
 カワイタノドヲウルオシテ(渇いた喉を潤して)

 などと華麗な(?)ライミングを惜しげもなく披露するのだが、梅雨空のある日、彼が不意に、こう歌ったときに僕は内心飛び上がって喜んだものだった。

 ナツノアツサニソナエテ(夏の暑さに備えて)
 
 その発想は無かったわ、と思った。
 梅雨どきに、「夏の暑さに備えて串カツはいかがか?、ビールはいかがか?」などとこじ付けも甚だしい。ということは、これはつまりゴチャゴチャ言わんととにかく食うたらええんやと言わんばかりの押し付けがましい発想であって、素晴らしいの一語に尽きる。
 韻さえ踏めばよかろうというフテブテしい態度の見え隠れも憎らしい。

 以来僕はオッサンの前を不自然な程じっくりとしたスピードで横切る、突然呆けたように立ちすくむといった苦肉の策を弄して、一秒でも長くオッサンの歌声を謹聴することに腐心し始めた。
 
 だが実は、僕は呼び込みには異様に食いついていたが(疑いなく世界で一番)、店内の串カツに「食いついた」ことは只の一度もなかったのだった。
 
 今となっては悔やんでも悔やみきれないが、先述したように僕はこの店はすぐに潰れると思っていたので、遠からず訪れるであろうその最後の日にひょっこり顔を出して、「この辺で商売は難しいでしょう?」「しかしおっさんの呼び込みは、あれ良かったですよ」と、しらじらしい表情で話に花を咲かせてやろうと企んでいたのだった。
 また、もう一つ言うなら、呼び込みだけに反応し、店内には絶対入らんという態度が我ながら徐々に面白可笑しく感じられてきて、嫁は何度も「行ってみようや」と言っていたが、僕は「死んでも行かん」と馬鹿な意地を張っていたのである。
 
 オッサンも僕のそういう部分を察したのかもしれない。初めこそ自慢の喉を存分に振るってくれたが、だんだんと、ことに通行者が僕一人のときなどは、途端にサボるようになった。
「またあの、店には入らんくせに妙にのそのそ歩く男が来たで」くらいにオッサンは思っていたのかもしれない。
 もしかすると僕の被害妄想かもしれないが、そう感じた。こちらとしては、「夏の暑さに…」以降の新しいフレーズが発表されてはいないだろうかと気もそぞろであるのに、サボられてはたまらない。
 しかし、例のヤツお願いしますなどとオッサンに頼めるはずもない。店には絶対入らぬ僕に、そんな資格は微塵もない。
 
 止む無く僕は通行者の大勢いるときを選んで、その陰に隠れてコソコソと、彼方に響くオッサンの美声を拾い聞くという卑屈なマネをしばらくやっていたのだったが、そのうち、毎日のライブが3日に1回、一週間に1回に減り、ついには全く無くなってしまった。
 
 ファン(僕)は身を切られる思いであった。

 またぞろあの中年経営者の差し金だろう。売上の悪さを鑑みて、おまえの呼び込みは効果ゼロや、いや、なんや変なフシ付けやがって、むしろ逆効果や、やらんほうがましやなどと、悲しいことを平然と言ったのではないか。
 稀代のパフォーマーを陣営に抱えていながら大変勿体ない話である。と、食いつけど釣られぬ僕がこんなことを言うのもチャンチャラおかしいが。

 ともかく、オッサンのライブが終了するやいなや、僕の「沖ちゅう」への興味は急速に薄れていき、そしてちょうど、ここ1年というもの嫁の家に入り浸っていたので、たまに自宅に帰っても、ほんの目と鼻の先にある「沖ちゅう」やオッサンのことさえ、すっかり僕の生活とは無縁になっていたのだった。

 そんなある日、ついこのあいだであるが、自宅に帰ったとき、不意に「沖ちゅう」のことを思い出したので、僕はふらりと店前に立った。
 
 店は、たたまれていた。
 いつ閉店したのかも分からなかった。
 
 死に目に会えぬというのはつらいことである。僕は自分のふざけた企みを恥じた。考えれば考えるほど、心残りばかりである。とりわけ最後に一言だけ、おっさんにこう言ってやりたかった。

 おっさん、おっさんはよくやった!

 秋風肌寒い10月下旬。
 夏は、とっくに終わってしまっていた。
 
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コメント
この記事へのコメント
この、沖ちゅうの呼び込みソングを、メロディー、リリックともに100パー覚えているのは世界中で僕だけに違いない。
2006/11/01(水) 18:43:46 | URL | aka #-[ 編集]
沖ちゅうの応援ありがとう
僕も昔沖ちゅうのミナミ店で串かつを
売ってました
2007/09/17(月) 05:21:31 | URL | うらしま #-[ 編集]
コメントありがとうございます。
でもそんなふうに言われると面映いです。
もっとちゃんと「応援」しておけばよかったと悔やんでいますので。

2007/09/17(月) 23:44:44 | URL | aka #-[ 編集]
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