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教え魔その2
(前回の続きです)

 問題は、一体「教え魔」なる存在が撲滅しなければならないほど悪いのかどうか、ということである。そして、そのようなものが本当にいるのか、ということだ。

 私が前回の最後に書いたような状況は現実的にはありえない。私はそんな練習場を見たことがない(見たとしたら手を叩いて喜ぶだろう)。
 
 では、何故こんなことになってしまったのか。実状を推測する前にティーチングプロ(レッスンプロ)の存在に触れておかねばならない。
 
 ゴルフにおける「プロ」とは、トーナメントプロとティーチングプロの二つに大別される。
 我々が知っているタイガーウッズや丸山茂樹やジャンボ尾崎は、言うまでもないだろうがトーナメントプロである。ティーチングプロとはゴルフの知識、理論に通暁し、主にアマチュアゴルファーの指導を行うための有資格者を指す。
 名目上ゴルフの普及・発展を目的に活動する彼らは、簡単にいえばゴルフの先生であり、人にゴルフを教えて生計を立てる者のことである。
 そして彼らの多くは、個々のゴルフ練習場に所属している。

 もうお分かりだろうか。この文書の奇妙な言い回しは、ティーチングプロそしてゴルフスクールを開講する練習場側と、「教え魔」なるものとの利害が衝突すること、もしくは衝突すると書き手が考えているらしいことによって生まれたのではないかと私は思うのである。

 それをふまえてもう一度文面を見てみよう。

***************************

 教え魔撲滅宣言!!
 
 こんな教え魔に会ったら
 練習場従業員に連絡して下さい

 
 気持ちよく練習したい、そんな時、後ろから今のスイングはちょっと・・・
 教えて貰いたかったらこっちから聞くのに・・・練習ヤーメタ・・・
 女性一人で練習場に行くのは・・・教え魔のいる練習場は絶対行きたくない!
 あなたに教える資格あるの?今まで調子良かったのに!教わってからガタガタ
 あなたは教え魔になっていませんか?
 頼まれたら教えてあげる 教え上手
 頼まれないのに教える 教え魔

 [イラストに添えられたコメント]
 (オッサン)次は俺が教えたろか?
 (女)教えて欲しくないのに
    絶対訴えてやる!
***************************

 すると例えば「あなたに教える資格あるの?」というセンテンスの“資格”とは、「おまえに生きる資格はない!」というような抽象的な意味ではなくて、明確に“ティーチングプロ資格”のことである。

 さらに、この部分は皆さんきっと首を傾げられたと思うが、

*************************** 
 頼まれたら教えてあげる 教え上手
 頼まれないのに教える 教え魔
***************************

 真っ当な言語感覚を持つ人ならば、100人いれば100人がこう思うはずだ。この定義はおかしい、と。
 おそらくここは書き手が最も頭を悩ませたところで、「うまく言いたい」という欲求と文言の正当性との間で懸命にバランスを取ろうとし、その結果すっかり混乱してしまったに違いない。
 しかし書き手の思惑をどのように好意的に忖度したところで、「教え上手」と「教え魔」が対立概念でないことは自明であるから、土台バランスを取るなど無理な話である。

 ところが書き手の頭には、鮮明に対立構図が浮かんでいたのだ。つまり「ティーチングプロ」と「教え魔」である。本当はそう書きたかったに違いない。だが、それではあまりに露骨でいやらしい。差し出がましい感じがする。なにかカネの臭いがする。では、どうする?、と考えて思いついた対立要因が、指導技能の差であったのだろう。「ティーチングプロ」を「教え上手」と言い換えたのは、おそらくそこに起因している。
 逆に「今まで調子良かったのに!教わってからガタガタ」などと、「教え魔」の指導技能をことさら低く見せようとする(そもそも定義に従うなら、『教え魔』の指導技能を決定することは不可能なはずであるにもかかわらず)のも同様の思惑であると言ってよい。
 ただし、カネの臭いがどうであれ「ティーチングプロ」と「教え魔」との最も本質的な違いが、レッスン料、すなわちカネが発生するか否かであることに変わりはない。
 よって本来は「金を貰って教える」あるいは「金を貰わずに教える」というべきところを、またぞろ“いやらしい”という理由で「頼まれたら/頼まれないのに教える」と婉曲的に換言したのである。

 さて、ここまで書けば、この文書の本当の姿が見えてきたはずである。
 つまりここでいう「教え魔」とは、「ティーチングプロでないくせに人にゴルフを教える者」という意味であり、それ以外のなにものでもない。それが実在するか否かもここでは問題ではなく、極言すれば「教え魔」とは彼らが捏造した架空の存在である(それはどうやら下品なオッサンの姿形をしているらしいが)。なぜなら、つまるところこの文書は「アマチュアに教わるな。うちのティーチングプロが教えまっせ!」という売り文句にほかならないのだから。

 要するに一種のマッチポンプなのである。「教え魔」が大暴れし、その被害者が続出しているという事件を捏造して、それを撲滅するように見せかけながら、一方でレッスン生増加を目論んだ営業戦略。客の目線で書かれたような文書は、その実100%練習場側の目線で書かれている。“いやらしい”とはこういうことを言うのである。

 勿論、これは私の考えすぎかもしれないが、そうとしか思えない。
 だが、もし彼らティーチングプロが、本気で架空の「教え魔」を脅威に感じ、営業を妨害されると考えているなら、こんなに情けない話はない。
 プロのミュージシャンが、ストリートで弾き語る輩を営業上の理由で敵視したりすれば、物笑いの種になることは疑いを入れないのである。

 断っておけば、私はティーチングプロや練習場自体を否定しているのでは勿論ない。私が思うのは、もう少し書きようはあったろうということだ。
 何かを書き表すということは、同時に何かを隠すということである。文学であろうが音楽であろうが、あるいは全ての美術はそうである。
 だが隠したはずの尾がだらしなく露呈しているとすれば、これは大変見苦しい。その見苦しさを転倒させて、私は“名文”と書いたが、しかし見苦しさは普通、単に見苦しいだけである。
 なんなら私が実際に教えて差し上げようかとも思うが、頼まれないのに教えれば撲滅されかねないのでやめておくことにする。

 最後に。「他人の練習にヤイヤイ口を出し、裏づけの無い技術的な能書きをさんざん垂れる、御節介極まりないうえにゴルフの上達には百害あって一利なしの、非常にウザイ見ず知らずのオッサン」と私は前回「教え魔」を定義した。もし仮に、このような人物が本当にいるとして、彼と私の頭のなかにある「ティーチングプロ」とを比べれば、考えるまでもなく「教え魔」のほうが私は好きである。
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コメント
この記事へのコメント
また年末出るんですね、曙。
永田って、なんや弟のほうか。
2006/12/08(金) 17:22:20 | URL | aka #-[ 編集]
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