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独り言としてのタメ口
 試合は観ていないのだが、亀田の会見を観てしまった。
 前回のタイトルマッチの前後から、やくみつるや勝谷がよく「口の利き方を知らない」とか「年長者にタメ口は失礼だ」と言っていたが、どうも僕にはよく分からないところがあった。もちろん、あれが非礼に映るのは事実だろうから非難するのは勝手だが、そのこととは別に彼の話し振りには気になる点がある。今まで亀田の会見を何度も観てきたが、その都度、こいつはずっと独り言を言っているのではないかという疑念があったのである。発言すべてがそうだとは言わないが、例えば「亀田とKOはセットやからな。うん」などと、自己に対する相槌や首肯が多いのも彼の特徴で、なにか自分に言い聞かせているような、頭の中で為された言葉の反芻が口から漏れ出ているような印象を受けるのである。言い換えれば、そのとき彼の言葉は誰にも向けられていない。どれほど一見質問に答えているように見えても、会話が成立しているように見えても、そう思える。つまり礼儀がどうのこうのいう以前に、ダイアローグとして常に不完全だという気がするのである。
 ところで、例えば教師からテストが返却される。100点であった。そのとき「わ、俺、天才や!」と教師に向かって叫んだとして、それは果たしてタメ口として非難されるようなものだろうか。教師と生徒の個人的な関係性を抜きにして考えるが、一般的にそれは、生徒の釈明としてはおそらく「独り言」であり、また教師もそう解するがゆえに許容するはずである。あらかじめ釈明が準備されたこうしたタメ口は、非礼の謗りを回避するためのひとつの方便であって、これに類することは日常生活のなかで皆やっているのである。ただ亀田の場合、ほとんどがこれだというだけにすぎない。ほとんどが「独り言としてのタメ口」である。
 僕は亀田興毅という子は、意外と、よく言えばシャイで空気が読める、悪く言えば小心な子だと思う。彼は、こういう喋り方をすれば無礼だと感じる人間がいるということを分かっている。ゆえに、意識するかしないかは別として、ほとんどの言葉を「独り言としてのタメ口」として発声する方法を編み出したのではないか。
 こんなことは無論僕の勝手な想像にすぎない。明確な根拠はどこにもない。しかし、このように喋らねばならない、あるいは喋ってしまう人間の背後には、やはりなにか大変孤独なものを感じざるをえない。それは具体的に言えば「マンガ頭」で書いたようなことに繋がっていて、あの文章の妥当性を顧みる気は僕にはないが、少なくとも僕の実感としては、やくみつるや勝谷のようないかにもPTA的な物言いはまったく面白くないのである。それが正論であればあるほど、ますますそうである。
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コメント
この記事へのコメント
今回のタイトルマッチ前に亀田親父が言っていた「嫌われ亀田の楽勝や」というのは、あれはオッサンとしてはよく言ったのではないか。
僕の独断と偏見による「声に出して読みたい日本語」のリストに入れてやろう。
2006/12/22(金) 12:02:06 | URL | aka #-[ 編集]
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