この数ヶ月、都知事選ではさまざまな人間の出馬が取り沙汰され、ある者は「なんやほんまに出んのかいな」と人を微かに驚かせ、ある者は「なんや結局出えへんのかいな」と人を微かに落胆させたわけだが、そんなご時世にこの男が何を考えていたか、まずは全文を引用してみよう。
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【羽柴秀吉最新コメント 3月9日】
石原を見るときに、
浅野を見るときに、
真剣に都政を考えているとは私にはどうしても思えない。
所詮石原は自分のことばかり考え、浅野は口先ばかりで唱えているだけではないか。
羽柴秀吉が上洛して是非戦いたい気持ちは95%あるものの、いま私の心に迫る言葉は家内からの言葉だ。
「夕張ではお年寄りが病院にも行くことが出来ない程苦労している。また職がなく夕張市民は苦しんでいる。これを助けるのがあんたの役目じゃないのか。私財を投じて救う価値があるのは夕張ではないのか」との言葉。
夕張のお年寄りを見ていると、私の両親の姿が重なってくる。これまで子供たちを育て町を守り続けたお父さんお母さんが、病気になったときに病院にも行くことが出来ないようなところがあっていいのだろうかと。
行政の失敗でそのしわ寄せがその市民、特に弱い人々に行く。おかしいではないか。ここにこそ私の出る意味があるのではないだろうかと。
どうせ私財を投げ込むのなら、本当に苦しく必要なところに、ではないだろうか。
私の心は未だに揺れ続けている。
優柔不断と人は言うかもしれない。私は日本を変えるならば、大阪、東京だと信じている。しかし、いま必要なのは日本という大きなところではなく、皆から忘れ去られてしまっているような小さな町の、そのもっとも弱い方々を救うことではないだろうかと。
(文中太字は筆者による)
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夕張市が果たして「皆から忘れ去られてしまっているような小さな町」かどうか僕は関知しないが、この時点で秀吉公は「東京or夕張」のどちらに出陣すべきか悩んでいたというのである。しかし「上洛して是非戦いたい気持ちは95%」というものの、どうも気持ちは夕張に傾いているように受け取れる。
それもそのはず、この最新コメントより3日前の3月6日には次のような記事が出ていた。全文を引用する。
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私財200億円「羽柴秀吉」夕張市長選に殴り込み
「羽柴秀吉」を名乗り、東京や大阪の知事選など数々の選挙に立候補してきた青森県五所川原市の会社経営、三上誠三氏(57)が今度は、財政難に苦しむ夕張市長選(4月22日投開票)に無所属で出馬する意向を固めたことが6日、わかった。
5日朝から夕張市に乗り込み、観光施設などを視察した三上氏は、夕刊フジの取材に「自動車でいえば、どこかが壊れている。一度、車検に出して新しい部品を入れ、まず走れるようにしなければ」と意欲を見せた。
さらに、「私財200億円のうち、半分使ってもいいと家族の許可を得てきた。今回で12回目の選挙になるが、あとは住民のムード次第」と話しており、同日夜に最終決断するという。
この日、菅義偉総務相に「財政再建団体」移行を正式に認められた同市だが、“秀吉出陣”で状況は変わるか。
(文中太字は筆者による)
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自民党総裁選のように一定数の推薦人を必要とするような選挙を別にすれば、「選挙人のムード次第」で出馬を決定するというようなことを明言した人を僕は寡聞にして知らないが、しかし「私財200億円のうち〜」という発言からも分かるように、本人のやる気は相当なものだ。となると「私の心は未だに揺れ続けている」とはポーズに過ぎず、夕張市長選出馬は割と早い段階からの“既定路線”だったのではないか。
しかし、3月15日の東奥日報には、このような記事も出ている。全文を引こう。
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三上氏が知事選出馬を取りやめ
県知事選に意欲を示していた五所川原市の会社役員三上誠三氏(57)は十五日、出馬を取りやめることを明らかにした。
県知事選のほか、財政再建団体に移行した北海道夕張市の市長選や、東京都知事選への出馬を模索してきたが、三上氏は「自分の力で(行財政運営などを)立て直すなら、夕張のほうがやりがいがあると思った」と話した。
(文中太字は筆者による)
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要するに、どうやら青森県知事選と東京都知事選と夕張市長選の3者択一で悩んでいたが、現在は夕張に限りなく気持ちは傾いている。と、そういうことだろう。
ちなみに冒頭の最新コメントで、なぜ青森県知事選については一言も触れられていないかに関してだが、これも僕の知るところではない。
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