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「穴」にまつわる三章
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 私はね、ペイをもらったら火山を見に行くわ、女子学生がいった。貯金してあるのよ。
 火山を見に?、と僕は気のない返事をした。
 火山はおかしいなあ、と女子学生はいい、静かな声で笑った。彼女は疲れきった眼をしていた。水に両掌をひたしたまま彼女は空を見あげていた。
 君はあまり笑わないね、と僕はいった。
 ええ、私のような性格だと笑うことはあまりないのよ。子供の時だって笑わなかったわ。それで、時々、笑いかたを忘れたような気がするとね、火山のことを考えて涙を流して笑ったわ。巨きい山のまん中に穴があいていてそこからむくむく煙が出ているなんて、おかしいなあ。女子学生は肩を波うたせて笑った。
 君はお金をもらったらすぐ行くの?
 ええ、とんで行くわ。山に登りながらおかしくて死にそうだと思うわ。(「奇妙な仕事」)
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「穴」は恐ろしい。「穴」に関われば人間はたいてい落ちるか、迷うか、道を失うと相場は決まっている。「穴」は無限に伸びているか、もしくは突然壁をしつらえて歩みを阻害するが、いずれにせよ全体は闇に隠されている。まかり間違って「穴」に足を踏み入れてしまったのに何事もなく、災難を免れたと胸を撫で下ろす人がいたとしても、それはほとんどぬか喜びにすぎない。結局落盤によって天井に潰されるか、岩で入り口を塞がれ、やはり道を失うからである。

 この、「穴の恐怖」について、もっとも切実に、本質的に考えていた作家はおそらく大江健三郎だろう。「奇妙な仕事」は、彼が学生時代に東大新聞の五月祭賞を受賞した作品だが、冒頭に挙げた主人公と女学生との奇妙な会話から僕が思うのは、大江の「穴」に対する感じ方はどうやら他の作家と違っていて、かつそれは後年彼が例えばサルトルや山口昌男らの理論を援用して声高に語った「文学理論」などというものと比べてどれだけ文学的かしれない、ということである。良い意味でも悪い意味でも。
 
 さらに注意したいのは、こうした大江の感覚は、四国の山村で育った彼の原風景と密接に結びついているに違いないが、しかしだからといってそれを彼の幼少時代の欠損感や、あるいは彼が長年こだわってきた「グロテスクな性」などといった観念をメタフォリカルに表したものと取るのは、おそらく間違いであるか、仮に的確だとしても大したことではない。彼本人がそのように考えていたとしても、である。
 
 上のようなことは、もしかするとそれ自体「大したこと」ではないかもしれないが、さしあたって僕が言いたいのは、大江には「穴」に関する特殊な感覚があり、しかもそれは本来いっさいの暗喩が入り込む余地のない、いわば「穴自体」に真っ直ぐに向けられた直接的なイメージであるということである。

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「今ね、私は赤ちゃんを産んでしまおうと思い始めていたところなのよ。あの水槽の中の人たちを見ているとね、なんだか赤ちゃんは死ぬにしても、一度生れて、はっきりした皮膚を持ってからでなくちゃ、収集がつかないという気がするのよ」
 全く、この女子学生は罠にひっかかってしまっている、と僕は考えた。
「君は面倒なところへ入り込んでしまったな」と僕はいった。
「おとし穴よ」と女子学生が喘いでいった。「こんな事だと思っていたわ」(「死者の奢り」)
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コメント
この記事へのコメント
僕は全然知らなかったのですが、大江の処女小説は「火山」というタイトルらしい。僕の予想では、この小説には絶対ナニかあると思います。どっかで読めるのでしょうか。
2007/04/28(土) 15:02:24 | URL | aka #-[ 編集]
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