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「穴」にまつわる三章~その二
 ちょうど1年前、僕はこういう記事を書いていた。↓
http://outofhumor.blog49.fc2.com/blog-entry-81.html
 ここで言う「アンビヴァレントな感情」について、「後に書く」などと言っておきながら僕はとうとう丸一年間書かなかった。こういうことはよくない。よってまずはこのことから書いていこうと思う。

 前々回書いたように、「穴」が不気味で恐ろしいことはこれはもう間違いないわけだが、同時にとても気になる現象、空間である。なぜなら理不尽でユーモラスですらあるから。これは僕だけの感覚ではないと思う。例えば「穴」はしばしば「ぽかり」と、「ぽっかり」と、あるいは「ぽかん」と開いているが、このようないかにも間の抜けた副詞が用いられることがそれを証明している。

 これらの副詞に修飾されたとき、「穴」というものは第一に突然、出し抜けに開いていること。そして第二に、はしたなくも大きく、それでいて大変空虚な装いで開いていることを示している。言い換えれば、このとき「穴」は「突然の大きな虚しさ」を象徴的に、間の抜けたニュアンスで表していることになる。そんなもん、気になるに決まっているではないか。

(この「間の抜けた」というのが極めて重要で、単に「穴」が欠落や空虚を表すと考えるのはペシミスティックに過ぎる)

●僕が「穴」に目覚めたのはおそらく物心ついてすぐであった。子供の頃僕が住んでいた家は床下が勝手口のところで吹き抜けになっていて、飼い猫が便意をもよおすとそこへ入っていって、しばらく経って顔に蜘蛛の巣を引っ付けて出てきたりしていたが、僕はその縁の下へと通じる黒々とした闇を殊のほか恐れていたのだった。何故恐れるようになったか記憶は定かでない。覚えているのは、なんとなくずっと、実際見たことはないにもかかわらず「蛇がおるんやないか」と僕は思い込んでいた。
(時代劇とか歴史小説などで、間者が床下に潜んで会話を盗み聞くというシーンが時々あるけれども、彼らが蛇の出現をいささかも警戒していないということは僕には驚嘆に値する)

●僕が通っていた小学校は一棟だけ木造校舎が残っていて、僕は低学年をそこで過ごした。教室の床に親指が通るくらいの「穴」が開いていて、度胸試しか何か知らないが、その「穴」に指を突っ込んでジッとしているというクソ面白くもない遊びが一年生のとき流行った。誰か一人が笑いをこらえきれぬという表情で数秒間「穴」に指を突っ込んで、今度は別の奴が、次、俺突っ込むわなどと言って順繰りに交代していくのだが、僕にとって、これほど恐ろしい遊びはなかった。体の一部が暗黒の異世界に飲み込まれるというあの恐怖感。指を入れて、引き上げたときにその指が付け根から失くなっているという想像を僕は何度したかしれない。なぜなら異世界にはどんな生物、魑魅魍魎がいるか分からない。無論、もおるやろう。
(今考えれば、ただの「箱の中身は~」というゲームにすぎないが、僕は恐れを知らぬ阿呆な友人たちを本気で諭していた。「やめとけ!、ほんまにやめとけ!」と)

 この木造校舎は、僕が高学年になって取り壊されてしまった。そのとき「当然や」という思いと、何か「畏れ多い」という思いが半ばしていたのを覚えている。この校舎での遊びがなければ、僕がこんなに「穴」を恐れることもなかったわけで、言いようによれば僕は木造校舎に「感性」を育まれたということになる。こうしたことは、おそらく僕らの世代が最後に違いない。だが僕にとっての問題は、懐古的な意味を排除したところで、かかる木造校舎の感性が消滅することが良いことなのか悪いことなのか、ということである。
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コメント
この記事へのコメント
ゴールデンウイーク終わりましたね。
なにかとてもバタバタしていたような…。
今日、NHKマイルカップ(競馬)では三連単973万のべらぼうな高配当。とてつもない大穴が開きましたな。
2007/05/07(月) 03:07:11 | URL | aka #-[ 編集]
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