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「穴」にまつわる三章~その三
 この数週間、右耳の「聴こえ」が悪い。
 理由は分かっている。耳の掃除が行き届いていないからである。
 そのことの理由もまた明白である。
「穴」が怖いからに他ならない。
 
 みなさんご存知のように、この世に生を受けてから僕は30数年経つわけだが、情けないことに未だに、先が申し訳程度にスプーン状と化したあの木の棒をどこまで突っ込めば耳の内壁を掻き切るのか。鼓膜を突き破るのか。あるいは、あの巻貝みたいな奴(知らんけど)を突っつくのか。加減が少しも分かっていないのである。これがどういうことかといえば、とどのつまり「穴」が怖いからという事由以外になく、この論法にいささかの抜け穴はあるまい。そもそも「穴」が怖くて、そのなかで作業をするとなると尚恐ろしく、ましてや作業ミスはすなわち自傷に繋がるのであるから、いきおい、行き届いた耳掃除など不可能である。絶対に無理である。
 
 僕のような手合いにかかっては、あの逆っ側のフサフサの白毛も実は凶器にしか見えない。あのフサフサは、一見して白ウサギを思わせる人懐っこい姿をしているけれども、中心に硬い心棒があり、耳の中で乱暴にガチャガチャやったりすれば必ずや心棒が牙を剥くはずであることを僕は知っている。墓穴を掘るのは目に見えているのである。
 
 誰があの器具を発明したか知らないが、フサフサで人を油断させようとしても無駄である。一皮剥けばただの角材であることは疑いがない。
 
 そんなわけだから、僕の耳掃除は一口に言って格好だけであって、恐る恐る、耳の入り口の辺りのみをそろそろと、掻いたか掻かんか分からんような注意深さで触れるのみであった。ハッキリ言ってただの暇つぶしですね、あれは。

 ところがここ最近、明確に不自由を感じるようになってきて、さすがの僕もマズイと感じ始めた。まがりなりにも音楽ライターでありながら、「耳掃除が怖いので、とうとう耳が聞こえなくなりました」などとは馬鹿らしい。他言できるかといえばできるわけはなく、ただただ恥ずかしい話だ。穴があったら入りたい気持ちであった。

 こんな状態になっても、しばらく僕は我慢していた。嫁にはさんざん「病院行け!」と言われていた。なにせ、「なに?」「すまんもう一回言うてくれるか」という僕のセリフの多いことといったら!。また、耳の「聴こえ」が悪いと自分の発した声の大きさすら把握しづらいので、場違いな大声を張り上げたかと思えば、雑踏で消え入るような小声で話しかけたりもするらしく、まったく嫁の感じる鬱陶しさがしのばれるが、しかし僕は穴熊戦法なみの頑なさで病院行きを拒んでいたのだった。だって怖いから。

 しかしもう駄目だ。いよいよ日常生活に支障をきたすようになったので、僕は渋々、しかし意を決して、虎穴(耳孔)に入らずんば虎子(聴力)を得ずの気持ちで南堀江のK医院に行くことにした。

 昼前の待合室は案外に込んでいて、ほとんどが母親に付き添われた子供であった。同じ穴のムジナ、と言っては言葉が悪いが彼らは「同士」である。僕は診療を受ける「同士」の様子を穴が開くほど見つめていた。泣き叫ぶ子も中にはいるが、ほとんどの子は僕にはいかにも荒療治に見える処置をしおらしく耐えている。なんと健気な子たちだろう。ああ、俺ももうエエ年した大人なのだから、あの子たちを見習って耐え忍ばねば笑われると身を固くする一方で、このオッサンは、耳孔から入れられた器具が脳に風穴を開け、医者のいいようにいじくられるという荒唐無稽な不安を感じていたのだから世話は無い。

 耳鼻科で行う耳かきは、なにしろ耳鼻科の医者が為すのだから治療に違いなかろうが、なにか魔法の薬品や器具を用いるなどして、素人の及びもつかぬ手段で、驚くほど簡単にすんなりと耳垢を取るのかと思っていたら、掃除機のようなホースで掬い損ねたカスを吸い取る以外は、基本的には自分でやるのとさして変わらないんですね。僕は怖くて詳しく見ていないが、なにか金属製のものを「穴」につっこんで掻き取る。しかしもちろんそれは、素人に比べれば針の穴を通すが如き精確な器具さばきで、多少は痛かったが、僕にも耐えうる治療であった。脳をいじくられた可能性はあるにせよ、である。
 
 だが、これは歯医者でもそうだと思うが、あの「痛かったら言ってくださいね」というのはなんとかならないものだろうか。こちらが「痛い!」と感じたときには普通コトは終わっているのであって、今更「痛い!」と言ったって手遅れではないのか。第一そんなに俊敏に「痛い!」とは言えないので、こちらの反応としてはまず瞬間的に眼を固く瞑るとか歯をくいしばるとか、びくっと身をこわばらせるくらいがセキの山であり、始終びくっびくっとしていると、医者はイライラしたような言い方でもう一度「痛かったら言ってください」となどと言う。

 僕が医者に求めているのは「痛い!」などと感じさせない治療であって、長年耳の「穴」を見続けた彼らは、「ここ突っついたら痛いやろな」くらいの洞察が働く程度には眼力を備えているはずである。それがないなら、彼の眼は節穴ではないか。

 とはいえ、思ったよりはオペ(そう、それは誇張でなくオペである)のストレスは少なかった。おかげで快適にものが聞こえるようになり、残すは脳の不安だけだが、帰りしに自転車で真っ直ぐ走れていたのでそれもきっと大丈夫である。
 

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コメント
この記事へのコメント
その夜、焼肉を食いに出かける。
僕が「しかしあれやな。昼間オペで、夜焼肉とはなぁ」としみじみ言うと、「ただの耳掻きやろ」と嫁。笑うところなど一秒もない会話。
2007/05/10(木) 13:38:35 | URL | aka #-[ 編集]
大手術ごくろうさまです。僕も優しげなタッチのすぐ奥に角材を隠し持つ、「フサフサの白毛部分」の脅威については同感です。なんであれをもって耳掻き具の完成形にしとるんやと思います。僕も最近たまたま「聴こえ」という言い回しが気になっていました。耳鼻科用語でしょうか。聴こえ。
2007/05/16(水) 01:51:16 | URL | spdmtr. #-[ 編集]
>「フサフサの白毛部分」の脅威

人をバカにした話です。油断すると思っていやがる。我々は大丈夫ですが。

>「聴こえ」という言い回し

偶然ですね。なんなんですかね。実際発語するとますます奥深い言葉のような気がしてくるから不思議です。
2007/05/16(水) 22:57:23 | URL | aka #-[ 編集]
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